Ⅰ-8 この世界で「選ばれる」ということ

「うわっ! 大野さま、その方はどなたですか!?」

 

 今度の声はいやに耳に残る、生々しい響きだった。

 声のする方を振り返ってみると、開けられていた扉のところに小さな女の子が立っているのであった。


 おまけにその姿――アニメなんかでよく見る、メイド服というやつ――

 見たところ小学生中学年か高学年くらいの子だけど……そのこぢんまりとしたかわいらしさ。こんなの反則だろ……。


 目の前の状況に理解が追いつかない。

 こんな短期間にまったく知らない2人から話しかけられるという状況。

 僕の頭はパンク寸前だった。


「あなたは? ここにいるのは1人だけのはずでしたが……?」

 先に僕の前に現れた少女が、逆に扉の前の少女に問いかける。振り向いたときに美しい黒髪がたなびいた。


「わたしは少し前から大野様のお世話をさせていただいてる者で、和久陽乃わくひのと申します。あなたは――? わたしずっと起きておりましたが、失礼ながら来客の気配は――」


 先程までは穏和に微笑んでいた黒髪の美少女――こよみが、みるみる憮然ぶぜんとした表情に変わっていった。

「……危険だわ」

 一方、扉の前に立つ小さな子は向けられた敵意のようなものを読み取れずにいるようだった。そして、こよみはメイド服の少女に苛立った調子を隠さず言い放った。


「あなた、どこまで知っている……!?」

「はい? なんのこと――」

「しらばっくれてもムダよ。あなた……何が狙いなの……!?」

「あの ……大変失礼ながら、あなた様のほうがなんでここに……」

「あなたは何者?」

「わたしはここに住み込みをさせていただいている者で、怪しい者では……」


 ちょ、ちょっと待ってくれ。豹変した微笑みの少女にも度肝を抜かれたけど、この、先程陽乃ひのと名乗った女の子……

 少し前から……で?

 そんなの、まったく知らなかったんだけど……どういうことだ!?


「……じゃああなた、契約主から何も聞かされていないので? 彼のご両親から」

「プライバシーですからお答えできかねます。これ以上は警察を――」

 こよみは深く溜め息をついた。

「……まぁいいわ、1人でも2人でも。――警察なんて来やしないわ。なぜならここは、日本じゃないからよ」



 ……は?



 今日は理解できないことばかりだ。滅茶苦茶もいいところだ。

 ……ひょっとしたらこれは、夢は夢でも、悪夢かもしれない。

 夢なら、醒めてほしい……。

 コヨミが再び柔和な笑みを浮かべる。

 慇懃無礼いんぎんぶれいにも感じられるほど丁寧な物腰で、こよみは僕に向かって一礼する。


大野おおのやすし様――ようこそ『時を刻む国』へ。あなたは、これまで以上の暮らしが保証された『選ばれた』国民なのです。おめでとうございます」


 ……まったく意味が分からなかった。あまりにも話が飛躍しすぎていた。

 なんで一気に日本じゃないとかそういう話になるんだ。

 

 とにかく何か言わなきゃ、と必死に思っても「と、ととき……?」とかいうドモり全開の情けないものが限界だった。こよみと名乗る女性は構わず続ける。


「ええそうです。あなたは応募された方々の中から、見事にわが『時を刻む国』に住む権利を与えられたのです。……まぁもう1人、余計なものまでついてきてしまったようですが……」


 こよみは不満そうにメイドの子を一瞥いちべつした。


「お、応募?」

 そんなものにまったく覚えがない。

 そもそもそんなヘンな名前の国、一度だって聞いたことがないのにどうやって応募なんてできるのか。


「そうです大野様。インターネットでの応募ですね。月100万、加えて衣食住。何もしなくても保証されるという、それはそれは素敵なキャンペーンに見事当選なさったのです」


 な、なんだって……??


 月100万、何もしなくても入ってくる、だって……?

 

 そんな眉唾な話、信じられるわけがない。ニートの僕だって――いやだからこそなおさら、そんなものはネットによくある釣り針じゃないかってすぐにわかる。今時誰がひっかかるんだ。


「そ、そそそんな怪しいもの、お、応募するわけないに、き、きき決まってるじゃないか」

「そうですね。あなたは、そうでしょうね。……ですが大野様のご両親は、どうでしょうね?」


 僕は顔面から一気に血の気が引いていくのを感じた。


 ここにメイドと名乗る少女がいて、しかも深夜にこれだけの会話だ。騒がしいとか違和感を感じるだろうに、一度も様子を見に来ない両親。

 ……僕の嫌な予感が真実だとしたら、ひょっとしたらとっくに――

「ぼ、ぼくの、りょ、両親は……!?」

 見透かしているかのように、彼女の答えはひどく冷淡なものだった。


「すでに別のところに移り住んでいただきました」


 ……言葉を振り絞ることもできなかった。

 部屋に灯された人工的な明かりが、よそよそしく僕を照らしている。


「おっしゃりたいことはわかりますよ? ご両親もさすがに最初は半信半疑でした。ですが、詐欺などではないとこちらが誠心誠意ご説明差し上げた結果、最後は非常に感謝されておりましたよ。息子を頼みます、ってね。親御さんからすればこの上なく話ですからね」


 再びメイドの子の方へ一瞥いちべつくれたこよみ。だがすぐ僕の方へ向き直った。

「まぁ、だからこそ大野様以外の方がいらっしゃることが意外だったのですけどね」

「あのぉー……話が見えないんですが…」

 陽乃ひのと名乗ったメイド少女は、驚いてるというより、純粋に状況をよく呑み込めないようだった。


「ごめんなさいね。じゃあ簡潔にまとめるわ。あなたたちは日本からわれわれの国へ飛ばされたのです。一生涯の収入と引き替えにね」

「はぁ……お話はよくわかりませんが、なにかの勧誘でございましたら、間に合っていますので。お引き取りを」

「あなたまだわかってないようね。まあいいわ……人はまったく未知のものに遭遇したとき、正しく理解することができませんものね」

「存じ上げておりますよ、あなた様がわたくし共の話を聞く気が一切ないことくらいは」

「はっ、ガキのくせに。結構。それよりも、気がつくことはない? ほら、たとえば外の景色とか」


 そういえばそうだ。窓の外の、僕から孤立した世界。

 窓枠にがぶり寄るようにして、その光景を確かめる。

 そこに映し出された『世界』に驚愕した。


 さっきまでは年季の入った集合住宅やら一軒家だのが無秩序な高さに、しかし整然と列をなしている――そんなよくあるような日本の町並みだったのに。

 それがどうだ、瞬間最高風速のバブルに沸く新興国の建てるような巨大な摩天楼群。夜空の星の瞬きさえ霞むほどの、ギラギラした不夜城の明かり。

 チープなB級サイバーパンクでよく見かける、未来都市そのもの。


 ここが日本でないかどうかはともかくとして、それまでいた場所ではないということだけは言えそうだ……


「あ、ご安心下さい。大野様は、これまで通り、ずっとここで生活していただくだけでかまいません。もう一度言います、あなたは選ばれたのです」

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