靖&陽乃編

Ⅰ-7 もうひとつの邂逅

 ――2047年。日本。

 それは僕が彼らふたりと出逢う前の話。


 あれは深夜の何時頃だっただろうか。

 もうそんなことは覚えていないけれど――


「中継です。国際会議場、紛糾しています。たった今、この瞬間が世界にとって大きな転換点となることは――」


 つけっぱなしの映像。BGM代わりに使われるだけで内容などほとんど省みることはなかった。


 そういつものことだった。

 アニメが終わってそのまま片側のモニター映像をつけっぱなしにしながら、もう片側のモニターに向かい、掲示板に書き込んだり……

 その日もまったく変わることがなかったルーチンワーク。


 名前も知らないテレビのリポーターが口にしたように、確かにその日は僕にとっても、大きな転換点となったのだ。




「大きな転換点、だって? ……どうでもいい」


 ――なにせ10年。10年だ。

 もうそんなにひきこもり生活を続けている。

 この世界でひとり取り残されたような、隔絶されたような感覚。


 世界がどう変わったって、どうせ僕のこの生活は変わることがない。

 ――それならいっそ滅んじゃえばいいのに。そんな破滅願望さえ頭をよぎる。


 いや、僕が世界から孤立しているんじゃない。

 世界が僕から孤立しているんだ。

 

 久しぶりにカーテンを開ける。

 何年と変わることのない無機質な住宅群。


 見上げると雲ひとつない夜空に映える星々の輝きが降り注ぐ。それはまるで神の別世界に入ったような錯覚にさえ陥るほどだった。

 あんなに大きい空に、大きな世界。

 まばゆい光が卑小な僕の姿をいっそう際だたせているようであった。


「……なんで僕は生きてるんだろうな」

 らしくもなく感傷にひたっていると、後ろからまったく聞き慣れない、若い女の声が聞こえてきた。


「……教えてあげましょうか? あなたが生きている意味」


 自分に向けられた言葉だと理解するのに時間を要した。

 この突飛な発言の真意よりも、まず話しかけられたのだということ自体に驚きを隠せなかったのだ。


 振り返ると、不自然なまでに整った容貌の美少女が僕の部屋にはいた。

 黒くて長い、美しく艶のある髪。まさに絵に描いた、昔ながらの大和撫子といったよう。

 でもなんだろうこの違和感……まるでモニターの中から出てきたかのような。


「この世に必要のない人なんていない。あなたも、必要とされているのですよ」

 

 ただでさえ僕は、コミュニケーションを長らくとっていなかった、極めつけのぼっちだ。

 目の前にいるのはまさに僕が夢見た――二次元の世界にいるような、美しさと可愛さを十二分に備えた女の子なのだ。

 うまく返答などできようはずもなかった。


「あなたが生きている、というだけで意味があるのです。あなたがここにいる。なんと素晴らしいことなんでしょうか。私は、あなたに生きていてほしい。心の底から、そう願っているのです」

 

 ……幻覚でも見ているのだろうか。ついに僕は気がふれてしまったのだろうか。

 

 しかしやや冷静に言葉を整理してみると、どうにもセリフがうさんくさい宗教みたいだ。

 僕を騙す気なんだろうか……?

 そうだ、そうでなければ僕なんかに話しかけるはずもない。

 そう考えてみると途端に腹がたったので、精一杯言い返してやろうと思った。


「お、お、おまっ、おまえはな、なな、な」


 だけど、うまく言葉にできない。

 女の子と話をするなんて、何年ぶりかもわからないくらいだからだ。

 ――そう、たぶんあの時以来――……いや、あんな過去は振り返りたくない。


「ご紹介が遅れました。私は阿万原あまはらこよみと申します。別に怪しい団体の者とかではありませんから、ご安心ください」


 ちょっと機械的にも聞こえるが、柔和な声と微笑みをたたえた少女。

 違和感・警戒感を持ちつつも、安堵してしまっている自分がいた。


「き、き、きみはいったい…」

こよみ、でいいですよ。気安くお呼びください。なにせ、これから長い付き合いになるのですから」


 ドキッとした。

 

 こちらをまっすぐ見つめ笑いかけてくれているというだけでこれほどにも胸が高鳴るものなのかと、久しく忘れていた熱い感情がわき上がってくるのを自分でも感じていた。

 

 目を合わせられず、ふとまた夜空を見上げる。先程は孤独を浮き彫りにすると疎ましく思っていたものが、なんだかとても穏やかに感じられた。

 

 これは夢なのか? ……そうだ、夢に決まってる。

 

 本当にこんなに都合のいい展開があるはずがない。誰からも見向きもされなかった僕が、目の前の美少女に笑いかけられているなんて。

 もういよいよ狂ってしまって、幻覚を見ているのかもしれないけれど――

 それでもいいのかもしれない。

 ならば僕は、その狂気に溺れよう。

 

 僕はもう、このどう考えてもおかしいはずの状況をほとんど甘受しようとしていた。

 

 だが、その時である。

 部屋の明かりが突如灯されたのを皮切りに、夢のような時間はまた理解しがたい状況に上塗りされ続けるのであった。

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