恭介、スタイリッシュに対応する。
恭介と結愛がお出掛けした。
色葉は二人がどんなデートプランを立て、どれほど距離を縮めているのか気になってしょうがなかった。
一応、キスはまだであるとコックリさんに訊いて判明した。
とはいえまだしていないだけでこれからするかもしれないし、おちんちんにキスをするという蛮行に発展する可能性もあった。
やはり尾行をすべきであったろうか?
恭介はもう出たが、行き先は分かっていた。
ゼブラーコアランド――シマウマ模様のコアラっぽい生物がマスコットを務めるテーマパークである。
しかしそんなことをしていたらきりがない。
結愛は恭介の彼女だ。仮にキスをしてもそれは仕方のないことだった。
仕方ないとはいえ、今後、何かしら協定を結ぶ必要があるかもしれない。
例えば恭介としたことは包み隠さず話し、どこまでしていいかあらかじめ決めておくとか……
「でも、結愛さんが先にキスしちゃったら……」
ファーストキスは一度しかない。
その場合、おちんちんにキスをする権利だけは先に獲得しなければ……
「…………」
やはりデートをしている二人のことを考えると胸が詰まった。
今頃二人は何をしているのか……
「やっぱ……よくないな……」
悪いイメージばかりが先行する。
「よっし」
こんな時はオナニーだ。
いつまでも二人のことをうじうじ考えていても仕方ない。
オナニーして、すっきりしたら外に出よう。
「そういえば依子さんに……」
色葉はクラスメイトの依子にバイト先にいつか遊びに来てと言われていたのを思い出した。
◆
恭介は、海外ドラマ『Large athletic meet』の息を注がせぬ展開と次から次にと視聴者を驚かす仕掛けに、時間も忘れ、完全に魅入っていた。
「お、もうか……」
気付けば二話目のエンディングである。
「結愛? 結愛? このまま三話目観ていい?」
結愛に念のため確認する。
「うん……いいよ」
そんなわけでそのまま三話目に突入である。
三話目は、開幕早々ラブシーンから始まった。
家族が同席していたら気まずくなりそうな濃厚なラブシーンであり、隣にいるのが結愛でもその気まずさは変わらなかった。
そしてそんな気まずさを恭介が感じている時だ。結愛の手がちょんと自身の手に触れる。動いたら偶然触れてしまったのかなと思ったが、違った。
結愛は、そのまま恭介の手を手繰り寄せるように絡ませ、恋人繋ぎをしてきたのである。
「…………」
結愛の横顔は真っ直ぐに画面に向けられていて、恭介はどきまぎしつつそのまま自身も画面に目をやった。
しかし色々と雑念が混じり始めてストーリーに集中できなくなりつつあった。
そして恭介は暫くして気づく。己の尿意に、である。
家を出てからトイレに行っておらず、汗もかかずに水分補給をしまくったせいで、尿意がいつの間にやら溜まりまくっていた。
今まではストーリーに釘付けとなっていて、あまり気にならなかったが、集中力が途切れたせいもあるのか、無性にトイレに行きたくて仕方なくなっていたのである。
とはいえ隣の結愛は真剣に画面を見やっていて声を掛けるのも悪い。とりあえず恭介は区切りのいい三話目が終わったら、トイレに行くことにした。
「あと十五分くらいってとこかな……」
時間を見て確認。
そのくらいであれば何とか持つだろうと思った。
そして十五分後――
恭介の膀胱はパンパンになっていた。
「結愛? ちょい、いいかな?」
恭介は結愛に声を掛けつつ、恋人繋ぎを結愛の手を外そうとしたが、何故か強く握られていて外れない。
「……ど、どうかしたの?」
結愛は空いた片方の手で自身のヘッドホンを外し、訊いてきた。
「いや、トイレ行きたくて……」
「トイレ? う、うん……い……いいよ?」
「…………」
「…………」
恭介は暫し結愛と見詰め合ってから、
「……握ってる手を離してもらっていい?」
「えっ? な……何で?」
「そらまー、トイレ行けないからだよ?」
「……だ、大丈夫。こ、ここで……していいよ?」
「んっ? えっ? 何言ってんの? 何が大丈夫なの?」
「今日、瀬奈君もオムツ……だよね?」
恭介は結愛の思惑にハッとした。
「ち、違うから! そういうんじゃないから。オムツは下着の代わりとして穿いてきただけだから!」
もしかすると結愛は、恭介にお漏らしさせようと画策していたのかもしれなかった。過剰に水分接種させてきたのもそれが理由だとしたら頷けるというもの。
「じゃ、じゃあ……わ、わたしもするから……一緒にしよ?」
と、結愛は少しいつもと違うテンションで迫ってきて言った。
「いや、そ、そういう問題じゃないから」
「え、えと……じゃ、じゃあ……その……瀬奈君? き、キス……しよっか?」
「な、何がじゃあ、だよ? トイレが先な」
恭介は無理にでも握っていた手を振りほどこうと立ち上がるも、
「ま、待って!」
結愛が思いっきり手を引き、
「ぬはっ!」
恭介はバランスを崩して結愛を押し倒す形で転倒してしまった。
「危ないって。つーか、大丈夫か、結……愛……わっ?」
結愛に胸倉をつかまれ、一気に引き寄せられる。
「……せ、瀬奈君……?」
「な、何……だよ?」
近い。
互いの息がかかるような距離に、結愛の顔があった。
「せ、瀬奈君は、キス……したくないの?」
恭介は結愛の濡れた唇に釘付けとなった。
「えっ? いや……そりゃ、まあ……な?」
本当にちょっとでも動けばその唇に触れることができそうだった。
「じゃあ、して……いいよ?」
「いや、したいのは山々だけどしちゃいけないというかさ……」
煮え切らない恭介に結愛が落胆したようだった。
「そ、そっか~……じゃあしなくていいよ?」
「あ、ああ……」
それはとても勿体ない気がしたが、致し方なかった。
しかし結愛は続けて言う。
「瀬奈君はしなくていいから……じ、じっとしてて……わ、わたしがするから……?」
「えっ? ちょ……えっ? 落ち着け。とりあえずトイレに行かせてくれ」
「だ、ダメ……逃げる気でしょ?」
そう言うと結愛は、逃さないとでもいうように、恭介の右の太腿を、自身の両の太腿でがっちり絡ませてきた。
「……ゆ、結愛……? ま、マジで漏れるから……さ」
「うん、一緒にすれば……ね?」
「一緒にって……キスか? それともおしっこのこと……か?」
「ど、どっちも……かな?」
結愛は恭介の首筋に腕を回し、引き寄せ自身の唇を恭介の唇に重ねてきた。
「んぐっ……」
回避しようと思えばできかもしれない。
しかししなかった。
本当は恭介もキスしたかったからだ。
とはいえおしっこをしたいのもまた事実だった。
膀胱がパンパンになっている状態で、結愛の舌が口内に侵入してきた。
恭介はすんなり受け入れ、絡ませる。
脳が蕩けそうな気持ちよさだった。
「!」
結愛の手が恭介の背から胸に移動し、下に移動してった。
もしやおちんちんをまさぐられてしまうのではと思ったが、そんなことはなかった。
下腹部でその手がピタッと止まったのである。
「んぐっ!」
その瞬間、恭介は目をカッと見開く。
結愛は、おちんちんをまさぐるより恭介にとっては耐えられぬ真似をしてくる。
膀胱を圧迫してきたのである。
このままでは本当に漏れてしまうかもしれない。
そう恭介が思っていると、
「んんっ……もう……」
結愛が身体をビクッと震わし、挟んでいた両腿にも力が入り、より一層、恭介にきつくしがみついてきた。
ああ、しているんだなと思った。
結愛の方が先に限界が来たのである。
とても気持ちよさそうだった。
その解放感に身を委ねられたらどれだけ気持ちよかろうか?
羨ましかった。
自分もこのまましてもいいんじゃないかな、と思った。
おしっこはトイレでしなくてはならないという一般常識は、キスの魔力の前ではとても些末なこと。
も、もう……いいかな……?
「ええい、ままよ!」
もう、どうにでもなれと思った。
常識なんて糞喰らえ、だ。もしくはオムツに尿よ染み込め、だ。
恭介は動きの止まっていた結愛の舌に吸い付つき、甘噛みして――
「!」
コンコンっと唐突にノック音が鳴り、恭介はパッと結愛から離れ、びっくりした表情で振り返る。
「すいませ~ん。ドア、あけてよろしいですか~?」
女性の間延びした声。おそらくは店員だ。
しかしドアを開けるというのは……? そういえばドラマも三本みたし、そろそろ時間なのだろうか? 時間が過ぎても延長料金が発生するだけだと思っていたが、わざわざ延長するかどうか確かめにきたようだ。
困ったことに恭介は今、膀胱から尿を放出作業の真っ最中であったりした。
「よろしいですか~? あけま~す?」
「あっ……ちょ……」
おしっこは急に止まらないのだ。
こんな状況で店員さんとの対応なんてできるわけが……いや、大丈夫。恭介の尿は今、凄い勢いでオムツに吸収されていっているのだからばれるわけがない。
「だ、だったら……」
恭介はパッとドアの前に立ちはだかり、結愛を隠すようにスタイリッシュなポーズを決めた。
これで準備OKだ。
こんなイケたポーズを決めている少年が絶賛放尿中であるとは夢にも思うまい。
相手の心理を逆手に取った巧妙な作戦である。
「失礼しま~す」
ドアがゆっくりと外側から開かれ、緊張に顔が引き締まる。尿道は閉まらない。
「えっ!」
その女性スタッフの顔を見て恭介はぎょっとして、
「お、お前……何して……んの?」
と、だだ漏らしながら訊く。
「う~ん、バイトだよ~、朝倉くんと一緒~」
と、クラスメイトの木下依子は言った。
「へ、へぇ~……ま、まあ……いいや……で、何かね? 俺らに用? もしかしてもう時間が来た感じか?」
と、恭介はクラスメイトの前で紳士を装いつつ、訊く。
「う~んとね、瀬奈くん……天井にさぁ~、丸っこいのついてるでしょ~」
依子に言われて天井を仰げば、確かに半球体の黒い物体が取り付いていた。
「……で、それが何だよ?」
「う~ん、あれ何だかわかる~?」
「? いや、知らんけど……?」
「あれね~、防犯カメラなんだ~」
「えっ!」
何てことだろう。すべてを見られていたらしかった。
「やっぱ~、知らなかった? ちゅっちゅっくらいなら~、見逃してもいいんだけど~、それ以上になると苦情とかも来ちゃうから~、それくらいにしてもらっていい~?」
「あ……」
恭介は、最後の一滴まで出し切り、ぶるるっと身体震わして、
「お、おう……」
と、答える。
「それじゃあ~、瀬奈くん? 猥褻な行動を控えてね~」
依子はそれだけ言うと、ペアシートのドアを閉めて戻って行った。
恭介は暫しその場で固まっていて、
「……か、帰ろっか……?」
と、結愛にぼそっと言った。
「う、うん……」
結愛もさすがにこの場に踏みとどまり、続きをしようとは思わなかったらしく、素直に従ったのだった。
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