結愛、出遅れていることに気付く。

「もっと、積極的にならないと……」


 改札を通りながら、結愛は、今朝見た夢の内容を思い出していた。


 夢で見たようなオムツ交換や、キスをしながらの放尿と、世のカップルが当たり前にしているような恋人らしいことをもっと色々してみたかったが、恭介の方からは手を出してこなかった。


 日替わり制彼女。

 今日の恭介の彼女は結愛であったが、常に拘束しても悪いと遠慮して、約束を取っていなかったりした。


「あっ……」


 ホームに電車が入り込んできた。


「ま、間に合いそう……かな?」


 おそらくいつも乗る電車よりも一本早い電車だ。

 せっかくなのでそれに乗り込むことにする。


 階段を早足で駆け降りた結愛は、そのまま電車に飛び乗った。

 ギリギリセーフ。

 後ろでプシューと音を立ててドアが閉まった。


 待ち時間がなしで何となく得した気分になったのも束の間、先に居合わせた制服の違う知人の女性とばっちり目が合って、何となく居心地の悪い気分になった。


 向こうもこちらも友人連れであれば離れて座ることもできたが、生憎、互いに一人だった。


 特別仲が悪いわけでもなく、同じ車両に乗り合わせたというのに、わざわざ距離を取るのも逆に不自然かと思って、結愛は笑顔を作って彼女に声を掛けることにした。


「……い、色葉ちゃん? 隣……いい……かな?」


「あっ、はい。空いてますよ」


 と、笑顔の対応する色葉。


「うん、ありがと」


 と、結愛は色葉の隣に腰を下ろしたものの、何を話したらいいか分からなかった。


 そもそも結愛は、色葉に対して引け目を感じており、苦手意識なるものがあったりした。

 本来、恭介と色葉は幼い頃より相思相愛であり、二人の間に亀裂が入った一瞬の隙をついて自身が割って入ったという感が否めず、もしかすると色葉に疎ましく思われているのではないかと考えていたのである。


 とはいえこの先、恭介を巡って衝突は避けられないだろうし、微妙な距離を保ちつつ、互いに変に気を遣い合うのも面倒な気がした。


 この際であるし、先にぶつかっておくのもいいかもしない。


「い、色葉ちゃん……なんか……その……色々とごめんね?」


「はいっ? どうされたんですか、結愛さん? いきなり?」


「う、うん……瀬奈君のことだけど……」


「恭ちゃん?」


 色葉は恭介のことを恭ちゃんと呼ぶ。


「うん。色葉ちゃん、本当なら今頃、瀬奈君と普通に付き合っていたかもしれないのに、こんなへんてこな関係になっちゃってわたしのこと恨んでるかなぁ~……って? だとしたらこうやって親し気に話しかけられても迷惑かなって思っちゃって」


「ああ、なるほど。そういう……」


 色葉は納得するように頷いて、


「結愛さん? わたしが結愛さんを恨むなんてありません。むしろ感謝しているくらいですよ?」


「……感謝? わたしに?」


「はい。わたしと恭ちゃんは高校の受験前に関係がぎくしゃくしてしまって……結愛さんがいなければ素直に自身の気持ちを伝えることもできず、そのまま終わっていたかもしれなかったんです」


 どうやら結愛の存在が一種のカンフル剤となり、二人の関係を修復させたのもまた事実であるらしかった。


「そう……なんだ? じゃあ色葉ちゃん? えと……こ、これからも普通に話しかけたりしてもいい……かな? 色葉ちゃんとは仲良くできればいいな……って、前々から思ってたりもしたんだけど?」


 そう思っていたのもまた事実であったりした。


「はい、もちろんです」


 結愛の提案に色葉はすんなり受け入れてくれて、


「恭ちゃんと付き合っていることは学校の友達には話せていないでいて、結愛さんとは恭ちゃんのことでお話したいです。愚痴とか……恭ちゃんの悪口とかも一緒に盛り上がれそうです」


 と、冗談めかしながら言った。


「そっか……よかった」


 安堵に胸を撫で下ろすと同時に、色葉のこういう懐の広さが、自身と違って同性からも好かれる所以なのかな、と結愛は思った。


 仮に立場が逆であったら? 結愛が恭介と幼馴染であり好き合った関係で、色葉が横からしゃしゃり出てきたら、そういった寛大な気持ちになれる自信がなかった。

 それとも既に勝利を確信しての余裕であったりするのだろうか?


 恭介と色葉は家がお隣さん同士の強い結びつきのある幼馴染。普通に考えて結愛が割って入れる余地はまったくなかったのである。


 ともすれば、二人は恋人同士として、そういうことだって既に経験済みの可能性すらあった。


「ね、ねえ、色葉……ちゃん? 訊いてもいい……かな?」


 せっかくなので、確かめることにする。


「何ですか、結愛さん?」


「え、えと……ね、色葉ちゃんは瀬奈君とはどこまで……その……いってるの?」


「どこまで? え~っと、そうですねぇ~、幼い頃は家族同士で旅行とか行ったりしましたし、最近だと――」


「あっ、そうじゃなくて……」


「……じゃなくて?」


「恋人同士として、例えば手を繋いだ程度とか、キスをしたり、その……もっと先をした……とか? そういうお話を聞きたいかな、って」


「ああ……ですよね? でもそういうのは恥かしいので秘密です」


 と、色葉はにっこりとした意味ありげな笑顔で言った。


「恥ずかしい……の?」


 つまりここで口にするには憚れるような恥ずかしい行為をしているということなのだろうか?


 色葉の余裕の笑みも、それを肯定しているように思える。


「そっか……そう……だよね? 色葉ちゃんと瀬奈君は家もお隣の同士だし……もう……そういう関係なんだよね?」


「結愛さんが言うそういう関係というのが何を示しているのかはわかりませんが、わたしと恭ちゃんは幼い頃からずっと同じ時間を共有してきた幼馴染ですから」


 同じ時間を共有してきた重みというものが色葉の強み、自身はそのほんの一端しか恭介と時間を共有していなかったというのを改めて思い知らされた。


「やっぱり色葉ちゃんもキスくらいはしちゃってる……よね?」 


「……えっ? キス? 色葉ちゃん『も』って、それは……どういう?」


「一歩リードできたと思ったけど……そう……だよね? わたしももっと積極的にならないと色葉ちゃんには並べないよね? 色葉ちゃん、わたし決めた」


「決めたって何がですか? その前に『も』って……?」


「あのね、今日は瀬奈君の彼女、わたしの番……だよね?」


「はい、結愛さんの番ですが……?」


「うん、でも毎日拘束してたら悪いからって今日は会わないでおこうかなって思ったんだけど……やっぱり会ってみようと思う」


 幼馴染の色葉に勝つには、より濃厚なる時間を積み重ねていく他ないと悟ったのである。


「瀬奈君……今日、暇かな?」


「わかりません。結愛さんが約束されていなければ友達と遊んでる可能性もありますから」


「そう……だよね? 一応、会えるか訊いてみるね?」


 結愛は電車に揺られながら携帯電話を取り出し、恭介に掛けた。


『はい、もしもし――』


 恭介がすぐ出てくれた。

 これから会えるかと訊ねたら、構わないと答えてくれた。


 恭介は結愛たちが降りる駅の近くまで自転車で来ているらしかったので、そこで落ち合うことにして電話を切り、色葉に笑顔でそれを報告した。


「そうですか? それより結愛さん、訊きたいことが――」


 色葉が何か言おうとした瞬間、結愛たちが降りる駅に間もなく到着するという車内アナウンス流れた。


「ごめん、色葉ちゃん。瀬奈君を待たせると悪いから、また今度ね?」


 結愛は色葉に断りを入れるとまだ動いている車内で立ち上がり、すぐ降りれるようにドアの前に立った。


 電車が減速し、ホームへと入っていく。


 そうして完全に停車し、ドアが開いた瞬間、結愛は一分一秒でも恭介に会いたいとでもいうように、電車を降り、駆け出したのだった……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る