それから…

「んっ、んんっ……んん?」


 恭介は、見知らぬ部屋で目を覚まし、体を起こした。


「……ど、どこだ……ここは……?」


 そこまで女の子、女の子しているわけではないが、家具や調度品からおそらくは女性の部屋であると思われた。


「え~っと、俺は確か……魔法少女になって……」


 竜の苗争奪戦にて、フレイヤ鈴木と協力して櫻子を覚醒させ、パンツの匂いを嗅がされた後、櫻子のステッキを回収しに走ったのである。


 そこまでははっきりと覚えた。


「はてっ? その後は……?」


 そこから先が、どうしても思い出せなかった。

 断絶空間から戻った後、頭でもぶつけて記憶を失ってしまったりしたのだろうか?


「……違うか?」


 一応確認してみたが、頭には痛みや瘤ができている様子もなく、その線はないように思えた。


「とりあえずここの家の人に……」


 どういう経緯か、もしかしたらこの家の前で行き倒れ、介抱をされていたのかもしれない。

 だったら救急車でも呼ばれそうなものだが、とにかく恭介は、この家の住人に、目を覚ましたことを知らせ、自身の現状を確認することにした。


「んっ……ををっ?」


 ベッドから足を床に下ろし、立ち上がろうとした時である。

 ふと部屋の片隅にあったゴミ箱の中身に目がいった。


「これってもしかすっと種ちゃんの……?」


 ゴミ箱の中に、使用済みの絆創膏が三枚、くっついた状態で捨てられていた。


 それを何となしにゴミ箱から拾い上げる恭介。


「んっ……」


 折り重なった三枚の絆創膏の粘着面に、ウェーブのかかった薄い毛が、一本、貼り付いていた。


「こ、こいつはもしや……!」


 ひょっとしたら、ひょっとするぞと鼻息を荒くする恭介。

 それにこれが櫻子のモノであり、ゴミ箱に捨てられているのだとしたら……


 恭介は窓際に立ち、外の景色を見やる。

 やはりだ。見覚えがあった。


 櫻子の部屋には訪れたことはなかったが、外の景色を見て、ここが何度か訪れたことのある、種田家であると判明した。


「つーことは、この毛は……」


 恭介はゴクリと息を呑み込んだ。


 とりあえずどうしよう? ゴミ箱に戻すか、それともお持ち帰りして……

 そんな不埒なことを考えていると、ガチャリと部屋のドアがゆっくりと外側から開いた。


 恭介は反射的に手にしていたそれをポケットにしまい込み、振り返る。


「あっ……瀬奈くん……起きたのね? よかった。安心したわ」


 ホッと安堵したような表情をした櫻子が部屋に足を踏み入れ、ドアを閉める。


「種ちゃん……ここ種ちゃん家ですよね? 俺、どうしたんでしたっけ? 記憶がなんか曖昧なんすけど?」


「あらっ? 忘れたの? 繭子のモデルをするためにきて貧血かしらね? 気を失ったのよ」


「えっ?」


 どういうことか、恭介は繭子とそんな約束を取り交わした覚えがなかった。


「こんなことが次もあったら困るし、モデルはもうしなくていいわ。妹にも瀬奈くんをモデルにしないよう言っておくから安心してね」


「あ……はい。ありがたいんすけど……そもそも俺、妹ちゃんとはモデルの件、約束してないはずなんすけど……?」


 どうなっているのか、やはり記憶がおかしくなってしまっているのだろうか……?


「そ、そんなことはないはずよ? 妹はそう言っていたわよ……?」


「そう……なんすか? マジで何でここにいるかわかんなくて……断絶世界で種ちゃんのステッキを取りにいったところまでは覚えてるんすけど」


「えっ……」


 櫻子の表情が、ぴきしっと引き攣るように固まった。


「ど、どうしたんすか、種ちゃん先生……? 顔色が悪いっすよ?」


「せ、瀬奈くん……? どこまで覚えているの?」


「へっ? どこまでって……ですからフレイヤ鈴木と戦った後、ステッキを取りにいったところまでですよ?」


 恭介が説明すると、がくっと櫻子は項垂れ、身体をわなわなと震わせ始める。


「た……種ちゃん先生? マシでどうしたんですか?」


「な、何で竜の苗を奪ったのに記憶が消えてないのよ……?」


「えっ? 竜の苗を奪ったって……あ、あれっ? そういえば……」


 恭介は言われて初めて気づいた。植え込まれていたはずの竜の苗の波動が体内から消えていたのである。

 どうやらあの時、櫻子のステッキを回収しに走り出した瞬間、恭介は背後から櫻子に撃たれたらしかった。


 しかしそれなのにどうして記憶が消えていないのか? 本来、竜の苗を失えば、魔法少女であった時の記憶はきれいさっぱり消え去るはずであったのだ。


「何で覚えてるんすかね? お天狐様に幻術が効かないよう施されたからでしょうか?」


 それとも恭介が男というイレギュラーな存在のため、何か記憶を消すシステムが作用しなかったとかだろうか?


 とにかく恭介は、魔法少女関連の記憶をまったく残したまま、今に至っていたのである。


「り、理由なんてどうでもいいわよ! 覚えているのよね、全部……! わたしが公園で歩いた時に遭遇したことも、体毛を剃らせたことも、パンツの匂いを無理矢理嗅がせたことも、全部覚えているのよね!」


「えっ? あ、ああ……」


 恭介はそこでようやく理解した。


 櫻子もまた、恭介と同じ過ちを犯してしまっていたことに。


 恭介は、色葉に対しどうせ記憶が消えるからとはっちゃけてしまった。

 櫻子が恭介の前ではしたない真似をしたのも、いずれ記憶が消えるから多少のことはという目論見があってのことだったのだろう。


 しかし計算が外れ、今現在、絶賛取り乱し中であったりしたのである。


「え~っと、まあ……あれです。逆に良かったじゃないですか、種ちゃん?」


「な、何が良かったって言うのよ!」


「いや、ほら……今、種ちゃんは、とても恥ずかしくて魔力が回復している最中でしょ? だからよしとしましょう?」


「ぜ、ぜ、ぜ、全然、よくな~い!」


 櫻子は涙目になりつつ、心からの叫び声を上げたのだった。



          ◆



 フレイヤ鈴木は、リング上で対峙する、挑戦者である一人の女性に微笑みかけた。


「まさか……こうしてあなたと対戦できるなんて、夢のようです」


「わたしもよ、フレイヤ……」


「病室で会った先輩のお友達……何ていいましたっけ? 種田櫻子さん……でしたか?」


「……彼女が何か?」


「いえ、彼女には感謝しなくてはいけませんね?」


「ええ、わたしは感謝してるけど……どうしてあなたが?」


「さあ? 何ででしょう? よくわかりませんが、わたしの願いが叶ったのは彼女のおかげな気がするんです」


「そう? 変なことを言うわね?」


「わたしもそう思います。ただ……わたしは今、とても幸福です」


「ふふっ……そう? わたしもよ」


 笑い合う二人。沸き立つ歓声。


 そして、闘いの幕を開けるゴングが鳴る。



 完(カーン)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る