U・N・SU・JI

「んだ、あいつは……? 断絶世界にいるつーことは、魔法少女……だよな?」


 断絶世界にて、恭介たちの前に現れた魔法少女は、やたら暑苦しいコートを羽織り、ニット帽にサングラス、そしてマスクというどう見ても魔法少女候補生に見えない不審者然とした姿をしていた。


「えっ! あれって……!」


 既に面識があるのか、コート姿の魔法少女を見た櫻子が驚いたような声を上げた。


「知り合いっすか? 以前、戦ったことの相手とか?」


「そうじゃないわ。似ているのよ。以前遭遇したおパンツ強盗に」


 おパンツ強盗――結愛も襲われた、女性のおパンツを脱がせて盗む怪盗のことである。


「でもおパンツ強盗って男じゃないんすか?」


「そ、それもそうね……きっと勘違いだと思うわ」


「勘違いじゃないわ、種田櫻子……わたしがそのおパンツ強盗よ」


 そう宣言した彼女に、櫻子はハッとなった。


「ど、どうしてわたしの名前を……?」


「簡単な話よ。あなた方同様に、強力なドラゴンレーダーを早い段階で入手し、事前に情報を収集……変身前の少女たちを路上で襲い、おパンツをいただいてきたという寸法よ」


「えっ? ちょっとあなた……どういうことよ? もしかして魔法少女に狙いを定めておパンツを強奪してたっていうの?」


 どうやら結愛が襲われたのもそれが理由らしかった。


 しかし何のためにであろうか?


「ふふっ、実はね、櫻子……わたしはこの下にあなたのおパンツを装着しているのよ?」


「はっ? ちょっとあなた……? 何でそんな真似を……? ど、どういう趣味なのよ?」


「趣味? 違うわ。以前、わたしは戦闘中の瞬間戦闘魔力値を上げるため、自身の恥辱を煽りコントロールする方法を模索していてね……相手の魔法少女でそれを試していたのよ、いろいろとね」


 どうやれば恥辱心を煽り魔力値を上げることができるか、彼女は自身だけではなく相手の魔法少女も使ってその方法を探していたらしかった。

 実際、自身のおパンツをはかれると言われ、櫻子も頬を染め、恥辱心を煽られ、魔力値が上がっている様子であった。


「く、くっだらない……相手を強くしてどうすんのよ! とっとと脱ぎなさいよ!」


「それはできない相談ね……どうせ倒すなら強化した相手でなければ意味がないもの」


 どうやらこの魔法少女候補生は、自身の戦闘訓練のため、相手の魔法少女をわざわざ強化し、最高の状態にして戦っているということらしい。


「さあ、櫻子……あなたの力、存分にわたしに見せてみなさい!」


 言うと彼女はコートやらニット帽をバッと脱ぎ捨てた。


「なっ!」


 その下にあった姿にギョッと目を見開く櫻子。


 驚いたのは恭介も同じだった。


 泰然と佇むその魔法少女は、櫻子のおパンツを装着していた。

 しかし穿いていたのではなく、マスクのように顔を覆って被っていたのである。


「あっ……」


 そして恭介はその事実に気付く。

 彼女が被ったマスクの中心に、茶色い線が一本走っていることに。


 おパンツに茶色い線……あれはおそらくだがU・N・SU・JI!


「ちょ……」


 櫻子もそれに気付いたらしく、恭介に弁明すべく言ってくる。


「キョーコ! ち、違うからね! あれ、わたしのおパンツじゃないからね!」


「えっ? でもセクランの装……」


 セクシーランジェリーの装や神社でお天狐様に脱がされた際、櫻子のおパツツを目にし、触れてもいるが、おそらく同形状のものだった。

 とはいえここは知らない振りをしてあげるのが、大人な対応というものであろう。


 恭介は櫻子から顔を背けつつ、明後日の方角を見やりながら澄まして言う。


「あっ……はい……あのおパンツは種ちゃんのじゃないっす」


「ちょっとー! 信じてないわよね! その顔、全然、信じてないわよね! 本当だからね! あれ、わたしのじゃないからね!」


 櫻子は半分涙目になりながら恭介に訴えてきた。


「い、いえチョー信じてますから」


 櫻子は顔を真っ赤にした顔を、パンティー仮面に向ける。


「ほら、あなたの戯言、信じちゃったじゃない! どうしてくれんのよ! 訂正なさい! とっとと訂正なさいよ!」


「わたしは嘘を言っていない。このおパンツはあなたから強奪したものよ」


「くっ……だ~か~ら~……」


 櫻子は怒りと羞恥に身を任せつつ、衣装をパージさせ、一気に絆創膏の装となった。


「すっご……」


 その瞬間に溢れ出した魔力に恭介は圧倒される。


 櫻子は、里緒奈の竜の苗を吸収+剃毛による魔力回復+おパンツのU・N・SU・JI+最終恥装による恥辱により、かつてない魔力を引き出していたのである。


「ふっ、面白い……かかってきなさい」


 櫻子の魔力に怯むことなく、パンティー仮面がざっと構えて言った。

 櫻子と相対する竜座の魔法少女に最も近いであろう彼女には、他の魔法少女と異なり、余分の装備が二つあった。


 おパンツマスクとウェディン用のようなフィンガーレスのグローブである。


 しかしパンティー仮面は、肝心の魔法のステッキを手にしていなかった。

 しかも櫻子の触れれば吹き飛んでしまうような魔力の前に、恥装にすらならなかった。


「随分と余裕じゃない? そんな大ウソついてまでわたしを煽ってやられたいというなら、お望みの通り、一撃で終わらせて上げるわよ!」


 言うと櫻子は、怒りの〈竜の牙〉をぶっ放した。


 それは恭介が今まで見た〈竜の牙〉より強大な魔力が込められていた。


 しかし微動だにしないパンティー仮面。


「えっ? 避けないの?」


 櫻子が呆気にとられる中、〈竜の牙〉はパンティー仮面に直撃した……


「や、やったのか?」


 恭介もまさかの呆気ない幕切れに身を乗り出す。


 しかし――


「なかなか効いたわ……けど、受け切ったわよ?」


〈竜の牙〉は確かに直撃したはずだが、パンティー仮面はしっかりと二本の足で立っていた。


「う、嘘……」


 驚愕に後退る櫻子。


「次は……わたしの番よ……」


 接近戦をご所望か、パンティー仮面が地を蹴り上げる。


 しかし接近戦なら魔法のステッキを持っていないパンティー仮面よりも錫杖を手にする櫻子の方がよっぽど有利そうであるが……


「喰らいない!」


 パンティー仮面が右腕を振り上げ、櫻子に襲い掛かる。


「ドラゴン・ラリアット!」


 技名を叫ぶパンティー仮面に驚く恭介。


「りゅ、竜座の候補生って攻撃魔法一つしか使えないんじゃ……!」


「ああ、そうだよ。あれはただの魔力をのせたラリアットだからね」


 と、横で解説してくれるQB。


「そ、そうなんだ……」


 何か驚いて損した気分である。

 そんなわけで櫻子は、技名がついた、ただのラリアットを錫杖で受ける。


 それを無理矢理押し込もうとするパンティー仮面。


「櫻子! 卑怯よ! わたしはあなたの〈竜の牙〉を真正面から正々堂々受け切ったのよ。あなたも正々堂々わたしのドラゴン・ラリアットを受けなさい!」


「い、嫌よ! そんなことで卑怯者呼ばわりされる謂れはないわよ!」


「そう……だったら!」


 パンティー仮面は左手をすっと櫻子のお腹に優しく置いて、小さく呟くように言う。


「……竜の牙……」


「ぐ……はっ!」


 どんっと櫻子の腹に衝撃が走り、後ろに吹っ飛ばされる。


「けほっ……けほっ……な、何で……ステッキも持たずに……」


 腹を押えつつ、苦い顔で言う櫻子。


 魔法少女候補生が体外に魔力を放出する際は、魔法のステッキをデバイスとして使用しなければならないはずだったのだ。


「ふっ、ステッキなら、ガントレットに変換して装着済みよ」


 彼女はフィンガーレスのグローブを見せつけながら言った。


 魔法のステッキはどんな形状にも変化する。

 どうやら彼女はグローブに変換させ、ステッキの代わりとしたらしかった。


「そう……ゆ、油断したわね……」


 櫻子は立ち上がろうとし、自身の錫杖がないのに気付く。


「あ、あれっ? わたしの……?」


「お探しの物はこれかしら、櫻子……?」


 パンティー仮面の手には、櫻子の錫杖が握られていた。どうやら〈竜の牙〉を放った瞬間に櫻子から掠め取っていたらしい。


「か、返して! それを今すぐ返しなさい!」


 と、櫻子は慌てて立ち上がり、言った。


「そうもいかないわ? これが一番厄介なのだもの」


 言うとパンティー仮面は、くるっと身体を反転させ、櫻子の錫杖を槍投げのように投擲したのであった。


「ちょっとー、何をすんのよ、わたしのステッキ!」


 愚痴りつつ、遠くに投げ捨てられた錫杖を櫻子が回収に走る。


「やって! QB!」


 唐突に、パンティー仮面が叫んだ。


「いいよ、マジック・ウォール」


 その瞬間だった。


「えっ? 何? これっ?」


 櫻子は見えない壁に阻まれ立ち止まり、何もないその空間に手をついた。


「ふっ、QBに頼んでもらって戦闘範囲を狭めてもらったのよ。櫻子……あなたがちょこまかと逃げられないようにね」


「そ、そんな……」


 櫻子はQBをキッと睨み付けて、


「あ、あなたわたしたちの味方じゃなかったの?」


「ボクは魔法少女として素養がある方の味方だよ?」


 もしかするとQBは、端からパンティー仮面の味方であり、櫻子が下手に力をつける前に片をつけるため、この場をセッティングしたというのだろうか?


「ひ、卑怯よ、そんなの……! わたしにはステッキが……はやくこの魔法を解除なさいよ、QB!」


「確かにわたしだけ魔法が使えるのは公平じゃないわね?」


 パンティー仮面はそう言うと、ガントレットを外して、見えない壁の向こう側に放り捨てた。


 どうやらこれでおあいこであると彼女は言いたいらしかった。


 しかし恭介は、このままでは櫻子が負ける、とそう思った。

 基本的に櫻子は、錫杖と〈竜の牙〉に頼り切った戦い方をしていた。おそらく肉弾戦では相手の方が一枚上手のように見えたのだ。


「仕方ない……ここは俺が……」


 QBが櫻子たちの周りに張ったマジック・ウォールとやらは人は通さないがパンティー仮面の放り捨てたガントレットはそのまま通した。ということは外から内側に投げ入れることも可能なはず。


 恭介は投げ捨てられた錫杖を回収するためにこそこそっと歩き出した。


「キョーコ?」


 QBに声を掛けられ、ぎくっとして顔だけ振り返らせる恭介。


「は、はい? 何すか、QBさん?」


「キミはサクラコのための観客だろう? しっかりと戦いを見届けてあげなくてはダメじゃないか?」


「い、いや……ちょっと……トイレに……」


「マジック・ウォール」


 問答無用で恭介もQBに足止めされてしまった。


「す、すんません、種ちゃん先生……」


 パンティー仮面と相対する櫻子の姿を見やりつつ、口の中で謝罪する恭介。


「これでもう邪魔が入る要素はないようね?」


 パンティー仮面が閉じこめられた恭介を一瞥すると、両手を拡げて構えを取って、


「これでどこからも邪魔は入らないわ……さあ、第二ラウンドの開幕としましょうか?」


 と、愉し気に言った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る