逮捕

「このまま続けてたら事故る危険があるわね……」


 ここ数日間恭介を囮に魔法少女候補生を刈り続けていた櫻子は、恭介を家に返した後も捜索範囲を広げるため、魔法少女コスのまま車で流していたのである。


「でも最近はエンカウントも減ってきているし……」


 魔法少女候補生の数は減り、遭遇率は激減してしまったのである。


 そろそろ中ボス戦に挑むべきなのか?

 あまり悠長にしていても上位者が上位者を刈り、それこそ手の付けられぬ状況に陥る可能性があった。


 とはいえゲームと違ってリセットが効かず、かなり慎重にことを勧めなくてはならず、できるだけレベルを上げておきたかったのだ。


 そのため深夜帯も捜索の範囲を広げて車を走らせていたわけだが、先ほどから睡魔に襲われ、眠気が限界に近付きつつあったのだ。


「ダメ……だわ」


 いくら明日は休みとはいえ、このまま走り続けたら確実に事故る。


「し、仕方ないわ……」


 櫻子は変身を解き、車を幅の広い路肩に止め、仮眠を取ることとした……






 コンコン。コンコン。


 櫻子はハッとして目を覚ました。


 コンコン。


「う~ん……」


 ノック音がする方向に顔を動かしぎょっとし、身体を仰け反らした。


 なぜだか知らないが、見知らぬ女性が櫻子の顔を覗き込んでいたからである。


「あっ……ああ……そ、そうか……」


 驚きに心臓をバクつかせて完全に覚醒し、周囲を見回し今の状況を思い出す。

 櫻子は魔法少女の捜索にて遠出し疲れ果て、安全のため車内で仮眠を取っていたのである。


 車内を覗き込む女性は、見覚えのある紺の帽子と制服姿であり、更に前方に見えるハザードを点滅させ停めてあるパトカーで、この女性が婦警さんであることは明白であった。


「だ、大丈夫よね……?」


 仮眠のためにちょっと車を止めて休んでいただけ。以前大型トラックも休んでいたところを見たことがあるし問題はない……はず。きっと車の中で気を失っているのではないかと心配し、確認しにきたとかに違いない。


 櫻子は窓の開閉スイッチを押し、ウィーンと下しつつ、


「ご、ご苦労様です。こんな時間帯に」


 空が白み始める時間帯、交通量が少ないこんな道路まで警察がパトロールをしているとは思っていなかった。


「ここでなにしてるのー?」


「あ、はい。ちょっと休ませてもらっていました。すぐに出しますね?」


「だめだめ。一度車から出てもらっていいですかー?」


 櫻子は表情を引き攣らせる。


「もしかして違反でしたか?」


 これまでゴールドであったというのに違反切符を切られようとは。


「あー、違いますよー、この界隈で最近違法薬物の売買が行われてるっていう情報がありましてねー。ちょっとだけ車内を改めさしてもらってよろしいですかー?」


「こ、こんなところで薬の売買を……?」


 まさかこんな身近にそういった危険が迫っていようとは櫻子は微塵も思っていなかった。

 そして不運にもこの取引が行われているかもしれない区域で仮眠を取ってしまったことを後悔した。


 とにもかくにもここで抵抗すれば逆に怪しまれてややこしくなるだけ。櫻子は素直に婦警さんの言うことに従うことにした。


「ど、どうぞ。調べてください」


 櫻子は車から降りて、婦警さんにそう促した。


「ごめんなさいねー。こっちも仕事だからー。とりあえず免許証みせてもらっていいかしらー?」


「わかりました」


 櫻子がいそいそと免許証を提示した。

 この後車のナンバーとかと照合でもするのかと思ったが、


「ああ、はい。種田櫻子さんね。ありがとー」


 婦警さんは名前だけ確認すると、櫻子の車に乗り込み、ダッシュボードやらサンバイザーを確認していく。


 何も出ないのは分かっていても妙な緊張感。

 櫻子はそれを黙って見守っているしかなかった。


 そして唐突に、こちらに背を向けるように助手席側を調べていた婦警さんの動きかピタッと止まって、


「種田さん? 種田さんのお仕事って何ですかー?」


 と、訊いてきた。


「はい、教師です。東雲高校で教師をしています」


「ああ、先生……先生がこんなことをしてちゃダメじゃない? 生徒にどう言い訳するつもり?」


 櫻子は何のことかと眉を顰めつつ、


「……はいっ? 何のことでしょう?」


「これ……あなたのよね?」


 婦警さんが振り返ると白い粉が入った包み紙を見せてきた。


「えっ? 違いますけど……何ですか、それ?」


「またまたしらばっくれちゃって。話は署の方で伺います。ご同行願えますね?」


「で、ですからわたしのじゃ……ほ、他の誰かのです! 風邪薬とかじゃないんですか!」


 ここ最近だと肉親以外だと九条結愛と瀬奈恭介を隣に乗せたりしていたりするし、誰かが落としシートに紛れた可能性があった。


「わざわざシートの奥に隠しておいてそれはないでしょう? それにどうみても風邪薬等の薬に見えませんし、まあ調べればわかりますしご同行ください」


「隠したって……そんなの……」


 仮に婦警さんの言う通りに櫻子の車に違法な薬物が隠されていたとしてもそれはもちろん櫻子自身のモノではなく、ましてや身内のモノでもないだろう。


「もしそうだとしてもそれは前のオーナーのものとかじゃないんですか? わたしのじゃありません!」


 櫻子はそう主張した。櫻子の車は中古車。可愛らしいフォルムの車であるが前のオーナーがどんな人物か分からず、その可能性は否定できなかったのである。


「はいはい。自分のモノじゃない。みんなそう言うのよねー。まあ調べれば一発だから。とにかく話は向こうについてからにしましょうねー」


 婦警さんはどうやら完全に櫻子を疑っている様子であった。


 この後の流れはどうなるのか? シートに隠されていたモノが仮に本当にそういう類の薬であれば櫻子自身も尿検査や毛髪検査をしなくてはならなくなるだろう、しかし身の潔白を証明するには大人しく従うしかない。下手に抵抗して話を拗らせたりするわけにもいかなかったのだ。


「わかり……ました。不本意ですが同行します」


「ご協力感謝しまーす。それでは両手を前に」


 婦警さんの手には手錠なるものが用意されていた。


「ちょ、ちょっと……べ、別にわたしは逃げたりしませんから!」


「いえ、でも規則でねー、ごめんなさいねー」


「わ、わたしは犯罪者でも何でもないんですよ?」


「うーん。犯罪者はみんなそー言うのよねー」


 どうにもこうにもこちらの言うことは聞く耳を持ってくれそうにない雰囲気に、櫻子は恨みがましい眼差しを婦警さんに向けて、


「もし何もなかったら訴えますよ?」


 脅すつもりで言ってみた。


「どうぞ、どうぞ、好きにしていいから両手を差し出して」


 婦警さんは手錠をチラつかせつつ笑顔で言ってきた。

 脅しの効果は皆無。おそらく訴えても何もならないのだと思われた。


 櫻子は深い嘆息を漏らしつつ、


「わ……わかりました」


 やはり抵抗してややこしくするよりちゃっちゃっと済ませた方がいいだろうと考え、大人しく両の腕に人生初の輪っかを嵌められたのであった。

 こんな姿、間違っても生徒たちには見せられなかった。通行車両も人通りもないこの時間帯だったのが唯一の救いであったかもしれない。


 それでも万が一ということがある。


「婦警さん、後ろでいいんですか? 早く乗せてもらっていいですか?」


 櫻子は、誰かが通りかかる前にパトカーの後部座席のドアを開けるようにせっついた。


「そうね、行きましょうか?」


 婦警さんはそう言うとにっこりと櫻子に微笑み掛けて、


「断絶世界へ――」


「!」


 その瞬間、世界は暗転。


 櫻子は強制的に断絶された空間へと誘われていた。


「ま、まさか……あ、あなたは……」


 婦警さんはにこっと笑うと全身に光の帯を纏わせ、変身を遂げる。


 彼女もまた、竜の苗を保持する魔法少女候補生の一人であったのである。

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