露出狂編ー本当は姉と怒ったおちんちんの後の話で順番入れ替えてますー

ぷろれーす

 種田櫻子は久し振りに地元に戻ってきていた高校時代の親友、早川有紀と一緒にもつ鍋屋さんに訪れていた。


「やっぱり失敗だったかしら?」


 周囲のお客さんの反応を見つつ櫻子はそう思った。

 入店して暫くはよかったが、次第に店内のお客さんたちがこちらに気付き、ざわつき始めていたのである。


 有紀は暢気そうに鍋をつつきつつ、


「どうしたの櫻子? もつ嫌いだっけ?」


 その様子に苦い顔になる櫻子。

 店内がざわつき始めたのは間違いなく有紀のせいだった。


 櫻子は少し離れた席に座る男性が立ち上がり、こちらに近づいてくるのに気付く。


「んー?」


 有紀は櫻子の視線に気付いて振り返り、緊張した面持ちの男を見上げた。


「あ、あのー、す、すんません? は、早川琥珀選手っすよね?」


 男の問い掛けに営業スマイルな笑顔を浮かべて、


「ええ、そうよ」


 と、有紀は肯定して頷いた。


 早川琥珀――その名は女子プロレスラーである有紀のリングネームであった。

 筋書きのないガチバトルが売りの女子プロレス団体DATの看板レスラーの彼女は、その圧倒的な強さと美貌でテレビに取り上げられることも暫し。プロレスを知らない人にもそれなりに知名度があったのである。


「や、やっぱり! えと……ファンなんす! 握手いいっすか!」


「ええ……」


 興奮気味に手を差し出す男性ににこやかに応じる有紀。


「い、一緒に写真もいいっすか?」


 その光景に苦笑する櫻子。

 ここでオッケーすれば、周りの客も、「俺も俺も」となるかもしれなかった。お付きの若い子やマネージャーでもいればこういう場合止めるのだろうけど、この場にいるのは自分一人だけであったので、


「あ、あの……す、すいません。今日はプライベートなので――」


 しかし有紀は櫻子を目配せして笑顔で小さく頷き制止して、


「いいわ、写真ね?」


 と、オッケーしたのだった。


 その後ちょっとしたサイン会となった。

 お店の人がきてくれて奥の座敷に移るように勧めてくれたが今更感が強くて断ったが、次に来た時は前もって連絡してほしいとのことだった。


「本当に人気者になっちゃったよね? あんたは……? 友人として鼻が高い反面、行動範囲狭まってあんたと遊ぶの面倒だわ」


 一通り落ち着き、櫻子は愚痴るように言った。


「ごめん、ごめん。でもその人気もいつまで続くやら。近頃若い子が育っちゃって、戦々恐々としてるわよ」


「ああ、フレイヤ鈴木……だっけ? 顔もスタイルもよくって最近頭角を現してるみたいだけど……? 今度試合だっけ?」


「うん、社長もあの娘を売り出したいみたいね? 面白い娘だからこっちもうかうかしていられない感じなのよね?」


「そう? その割に余裕そうだけど?」


 と、櫻子は楽しそうに話す有紀を見やって言った。


「ええ、もちろんベルトは簡単に譲るつもりはないし、まだまだあんなひよっこに負けるつもりはないもの。ただ今後の成長が最も楽しみな一人なのよね」


「ふーん、そう……なんだ?」


「ええ、あなたも生で……っていうか、たまにはわたしの雄姿、見に来てよ。一番いい席を用意しておくからさ」


「ええ……また……いつかね」


 櫻子は言葉を濁しつつ、言った。


 櫻子が有紀の試合を観戦するのはデビュー戦の一回きりであった、

 正直プロレスは……というより、親友の有紀がリングの上で痛めつけられて姿をあまり見たくなかったのである。




「今日ぐらいこっちで泊まってけばいいのに」


 真っ赤なバイク――ドゥカティに跨る有紀に櫻子は言った。

 てっきり一泊していくものとばかり思っていたのだ。


「いろいろあってそうも言ってられないのよ。看板レスラー様としてはね」


 冗談めかして言うと、有紀は手にしていた真っ赤なメットを被って、


「んじゃ、本当に今度来てよ? いい?」


「うん……近いうちにね……」


「約束よ? じゃあね?」


 手を振りドゥカティを発進させる有紀。

 それを見送ってから櫻子は独りごちる。


「仕方ない……今度見に行ってやるか……」


 さすがに何度も誘われて断り続けるのは心苦しかったので、差し入れでも持って観に行ってやることにした。




          ◆




「もう一本よ、立ちなさい!」


 もう何時間もぶっ続けて激しい練習で汗を流すフレイヤ鈴木がリング上でぐったりとした若手――井ノ原に苛立たし気に言った。


「も、もう……勘弁してください……フレイヤ……さん」


 と、倒れ込む汗だくの井ノ原。


「ちょっと井ノ原!」


「そこまでよフレイヤ」


「しゃ、社長! 止めないでください! わたしはまだ……」


「フレイヤ? 他のみんなはあなたほどタフじゃないのよ? それにあなたにしてもこれ以上はオーバーワークよ?」


「わ、わたしはまだやれます!」


「あなたがそう思っていも――」


 と、社長がフレイヤの手を取り捻り上げられると、次の瞬間、フレイヤの身体は一回転し、マットの上に叩きつけられていた。


「………っ!」


 あまりの鮮やかさに唖然とするしかないフレイヤ。


「ほら……身体が悲鳴を上げているから小さな力でもこんな簡単に倒れる……今のあなたには休息が必要なのよ?」


 ここまで圧倒されたら社長の言葉を素直に受け入れるしかなかった。


 しかしフレイヤには時間がなかった。

 女子プロレス団体DATのスター選手でありフレイヤの憧れでもある早川琥珀との試合が近日中に控えていたからである。


「でも……このフレイヤ・スペシャルだけでも完成させないと……」


 すべての面で劣っているフレイヤに琥珀を倒せる見込みはほぼゼロと言ってよかった。


 自分は早川琥珀のようになんでもこなせる器用な選手ではない。

 一つの技を徹底的に磨き上げ、勝負をかけるしかなかったのだ。

 だというのにフレイヤ・スペシャルはまだ、自分がイメージしている完成形には程遠い形であったのである。


「フレイヤ。焦る必要はないわな。あなたはいずれ琥珀と並びDATの二枚看板選手となるのだから」


 優しく言葉をかける社長。

 それでいかに社長が、自身に期待を寄せてくれているか分かったが、フレイヤはそれに不満を抱いていた。


 彼女は強欲であった。


 フレイヤが望むのは琥珀と並ぶスター選手の位置ではなく、琥珀を超える選手。

 琥珀を倒し、更には世界で一番強くなることだった。

 無論、そんなことは今の実力で口にするのはおこがましいのが現状ではあったが……


 とにかくフレイヤは琥珀戦の前までに、何としてもフレイヤ・スペシャルをものにしたかった。


 しかしフレイヤ・スペシャルを琥珀に奮う機会は訪れなかった。


 なぜなら――


「社長!」


 血相を変えて練習場に駆け込んでくるスタッフの相場さん。


「どうしたの?」


「そ、それが……!」


 最悪の知らせだった。

 琥珀が単独でバイク事故を起こしたらしいということで、かなりマズイ状況であるらしかった。




          ◆ 




 有紀は櫻子と別れた後、雨の濡れた路面に滑り、事故を起こした。単独事故だった。

 そして目覚めた後、二度とリングには立てぬ身体になったことを医師に告げられた。

 それはプロレスにすべてを捧げてきた彼女にとって、死刑宣告も同義だと思われた。


 櫻子は有紀が目覚めたと知ると病院に駆け付けたが、彼女の痛々しい姿を見ると何と声を掛けていいか分からなくなった。


「ああ……こんなことになるなら母さんの忠告を聞いておくんだったな……」


 涙はすべて枯れ果て、絶望に打ちひしがれたような表情で有紀は言ってきた。

 以前、有紀は母にバイク何て危ないからやめておけと言われていたことがあったらしい。


「……有紀……」


 有紀が母の忠告を無視したことに後悔しているように、櫻子もまた後悔していた。

 あの日、雨の予報が出ているのは知っていた。櫻子がバイクに乗るのを止めていればこんな事故は起きなかった。

 それ以前に櫻子と遊ばなければこんなことにならなかったと思うと後悔せずにはいられなかったのである。


 しかしそんなたらればは、事故が起こった後でこうして後悔したことでどうにもならないことも櫻子は承知していた。

 今はもう、有紀のために何ができるかを考えていくだけだった。


 そんな空気が際限なく暗くなった病室に彼女が訪ねてきた。


「……琥珀……先輩……」


 今売り出し中の若手アイドルレスラー、フレイヤ鈴木であった。


「フレイヤ……きてくれたの?」


 有紀は無理やり造ったような、どこか痛々しさが残る笑顔で彼女を出迎えた。


「先輩……わたしたちの試合はどうなるんです?」


「ごめん……なさい。見てのとおりよ?」


「な、治りますよね? いつかリングに戻ってきてくれますよね?」


「…………」


「どうして黙ってるんです! わたし先輩に憧れて……先輩との試合を楽しみにしてきたんです。こんな終わり方あんまりです!」


 フレイヤは掴みかからんばかりの勢いで有紀に迫り、


「治してください! リングに戻ってきてきてください! 引退するならわたしとやった後にしてください!」


「ちょ、ちょっとあなた……!」


 慌てて止めに入る櫻子。


「何ですか! 部外者は黙っていてください!」


「部外者って……あなたこそ黙りなさい! ここは病院なのよ!」


「いいわ、櫻子……」


「いいわって……何言ってんの、有紀……」


「とりあえずわたしから話すから」


 有紀は櫻子に薄く微笑むとフレイヤを真っ直ぐに見据えて、


「ごめんなさい。わたしはこのありさまで二度とリングに立てない身体になってしまったの。だから未来永劫あなたと試合ができる日は訪れないわ。何があってもね」


「認めません! ここの医者がダメなら他の医者を……! わたしが世界中から引っ張ってきてでも治させます! だから……わたしと戦ってください!」


「そうしたいのは山々だけどね……奇跡でも起こらない限りわたしが再びリングに立てる日が訪れる日はないわ」


「だったら奇跡を起こしてください! それがわたしの憧れた早川琥珀です!」


「無茶を……言ってくれるわね?」


「無茶でも何でもわたしは待ってます! 先輩が戻ってくるまで誰にも負けません。だから……戻ってきてください」


「誰にも負けないって……世界でも取る気?」


「わたしの目標は早川琥珀だけです!」


「そうね? あなたが世界を取るとか奇跡を起こすならわたしも頑張らないとね」


「だったら世界を取って待ってます。だから……戻ってきてください。そしてわたしと戦って下さい!」


「ええ……そうね。あなたが奇跡を起こすというならわたしも奇跡を起こさないね」


「はい! じゃあ世界でタイトル取って待ってます! だから約束してください。その時には復帰をすると!」


「ええ、そうね。わかったわ……」


 と、有紀はフレイヤと約束を交わしたのだった。




「有紀……その……さっきの約束のことなのだけど……」


 櫻子はフレイヤが帰ってから櫻子は戸惑いつつも訊いた。


「わかっているわ。自分の身体のことだもの。でも興奮気味だったしああでも言わないと帰ってくれないかと思って……」


 有紀は悲し気に笑いつつ言う。


「それに今の彼女では世界を取るなんて不可能であるし……これでもう諦めるでしょう?」


 どうやらフレイヤを納得させるためにそう言ってあげたらしかった。

 この大変な状況だというのに有紀に気を遣わせ、櫻子は腹立たしく思った。


 しかし有紀にとってもフレイヤは可愛い後輩であるらしく、それからも見舞いに行く度に気に掛けている様子が見て取れた。

 彼女が勝てば自分のことのように喜びに、次第に櫻子もフレイヤを応援するようになっていった。




 そして時は流れる。




『出るか! 出るか! 決まったー! フレイヤ~、スペシャル! フレイヤ・スペシャルだぁ~っ!』


 興奮気味の実況アナ。

 会場が割れんばかりにと歓声に包まれる。

 フレイヤ鈴木がテレビ画面の中で躍動していた。


 そしてフレイヤはその勢いで日本人では二人目となる快挙を成し遂げる。


 彼女はDAT世界女子王座に輝いたのである。


「まさか……本当にやるなんて……」


 まっすぐにテレビ画面のフレイヤを見据える早川有紀。

 その様子を複雑な心境で眺める櫻子。


 プロレスラーでもスポーツ選手でもない櫻子には今の有紀にどんな心の葛藤が湧きおこっているか理解できず、声を掛けられないでいた。


「ねえ、櫻子?」


 有紀が振り返って訊いてきた。


「何?」


「あの娘は約束を守ってくれたわね? 本当に奇跡を起こした……」


「ええ、そうね……」


「けど、わたしは……わたしは彼女の約束に応えてあげられない……悔しい。悔しいよ、櫻子……」


「……有紀……」


 いつも自信満々に笑っていた有紀。

 事故直後も櫻子には涙を見せなかった。

 そんな彼女が見せた涙に櫻子は言葉が詰まった。


 そして何としても彼女を再びリング上げたいとそう思った。


 彼女のために奇跡を……


 そのためであれば櫻子は、一肌でも二肌でも脱ぐ覚悟であった。


 具体的に言うと、絆創膏三枚までなら脱ぐ覚悟であった。

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