階段落ち

 恭介はレイプされた……


 な~んてこともなく、圧し掛かってきた男はそれ以上何もしてこなかった。

 恭介が怖々と目を開けて、男の様子にぎょっとした。

 男は気を失ったように顔をアヘらせていたのである。心臓の発作か何かで急に気でも失ったのだろうか?


 何があったのかは不明であるが、とりあえず危機を脱したようで、安堵する恭介。この男のために救急車を呼ぶかどうかはともかく、男が急に目を覚ます前に離れる必要があった。


 恭介は男の身体を退けて、上体を起こして、


「うえっ?」


 いつからか、そこには一人の銀髪の和服美女が立っていた。


 しかし大胆に胸元を開け、何という男の劣情を催さす着崩し方をしているのだろう。まるでキャバ嬢みたいな着こなしだ。

 しかし何て綺麗な人なのだろうか? 銀髪のその女性の顔立ちは明らかにアジア系のそれではなかった。


 何かのアニメのコスプレなのだろうか? 月明かりのみという状況のせいか、より妖艶さが増して、本当に二次元からそのまま飛び出してきたような人ならざる美しさ備わっているように見えた。


「ふむ、その様子なら、大丈夫のようじゃな?」


 キセルを吹かしつつ、どこか仰々しい物言いで、女は言った。


「えっ? あっ! もしかして俺を助けてくれたのって……?」


「うむ。わらわの庭で不埒な真似をしているものがいたからちーとばかし懲らしめてやった」


「……わ、わらわの庭って……?」


 この口調の格好である。今は何かのアニメキャラに成り切っている様子だが、わらわの庭ということは、普段はこの神社の巫女さんか何かなのだろうか……?


 とにもかくにも、色葉の身体を護ってくれた彼女に頭を下げる。


「あ、ありがとうございます。助かりました。それはそうと……」


 恭介は地面でまだ伸びている男を見やりつつ、


「警察とか救急車は呼んだ方が……やっぱりいいですよね?」


「放っておけ。わらわがいいようにしておく。それよりそなたには願いはないのかえ?」


「はいっ? 願いって……?」


「元の身体に戻りたくはないのかと訊いておる。どっちじゃ?」


「……へっ? な、何でそれを……?」


 色葉が相談したのだろうか?


「知っていて当然じゃろ? わらわはこの神社のシンシ……じゃからな?」


「……し、紳士……?」


 恭介はレイヤーさんの大きく開いた胸元を見やりながら言った。

 その大きな谷間はどう見ても作り物に見えず、男性には見えなかった。


「言っておくが、紳士ではなく、神使……神の使いと書いて神使じゃ。わかったかえ?」


 レイヤーさんは恭介の勘違いを見透かし、訂正するように言った。


 しかし神使とは……なんぞ? 神主や巫女とかの上に立つ上級職なのか、それともコスプレキャラの設定の話なのだろうか?


「わらわも同じ人間の願いを立て続けに叶えてやるわけにもいかんのじゃ。よって今手を合わせている娘がいくら元に戻りたいと願おうと叶えてやるわけにはいかんでな。だからそなたがわらわに願え」


「ね、願えって……そんなので戻ったらこっも苦労はしないというか……」


「ほぉ~、しかしそなたらの身体が入れ替わったのはあの娘がわらわに願い、わらわが神通力を行使した結果と聞いたなら無碍にもできまい?」


「えっ? 色葉がそんな願いを……?」


「うむ、ちーとばかし内容は異なるがの」


 このレイヤーさんの言葉を信じるならば彼女はレイヤーさんではなく、本当に神使という神の使いということになる。


「そ、そうか……それで……か?」


 この神使の言うことをすべて真実とした場合、色葉がこの神社に固執していたのにも頷ける。

 色葉が身体の入れ替わりも願ったら本当に叶った。故に再び戻りたいとここで願えば元に戻るという考えだったのだろう。


「いや、でも……俺も三日前に、色葉と一緒に参拝したんすけど?」


「うむ、知っておる。しかし、わらわもすべての願いを叶えてやれるわけではない。既にあの日は神通力を使い果たしておってな。そなたがした願いは抽選から漏れたとでも思ってもらえばいい」


「た、宝くじみたいなもんすかね?」


 よくわからないが神社への参拝が一〇〇あったとしても、その日に叶えられる願いの数は決められているということらしく、すべては叶えられないということらしかった。

 宝くじは枚数をたくさん買えば単純に当選確率が増えるが、お百度参りも数撃ちゃ当たる方式で、参拝すればするほど願いを叶えてくれる割合が増えるというだけということか?


「さあ、わかったのなら願え。今日はまだ一度も神通力は使っておらんでな。どんな願いも一つだけ叶えてやるぞ?」


「ま、マジっすか……? え~っと……鈴鳴らすとこで手を合わせた方がいいっすかね?」


「構わん。賽銭も要らん。ここで願え。わらわはここにおる」


「は、はい……」


 既に不可思議なことが恭介と色葉の身に降り注いでいるのだ。よって人ならざる者。神使がいても不思議はない。


 仮に嘘だとしても、金を要求されているわけでもなく、恭介には特にマイナスはない。

 よって恭介は彼女の言葉を全面的に信じることにして、目を閉じて手を合わせた。


「どうか元の身体に戻れますよーに」


 心より願い、そして閉ざしていた目を開け放つ。


「……って、あれっ?」


 先ほどまでいたはずの神使のお姉さんの姿は消えていており――


「恭ちゃん? 何で恭ちゃんがここに?」


 代わりに、色葉が立っていた。


「い、いや……お前こそ……ってか、神使の……銀髪和服のお姉さんは? お前……会わなかったか?」


「ううん。何となくこっちで誰かに呼ばれたような気がしてきたんだけど……恭ちゃん以外とは誰とも会ってないよ」


「だ、誰ともって……」


 恭介は周囲を見回した。


 確かに神使のお姉さんの姿は跡形もなく消えていた。

 それどころか恭介を襲い、先ほどま地面で伸びていた男の姿すらも見えなくなっていた。

 どういうことなのか、すべて夢であったのだろうか? 


「ねえ恭ちゃん? 恭ちゃんはどうしてここに?」


「あ、ああ……元に戻れるように願掛けに……お前は?」


「わたしも……これできっと戻れるね?」


 色葉は笑顔で言ってきた。


「そ、そうだといいな? とりあえず……帰るか?」


「うん。そうだね?」


 二人は並んで帰宅することにした。


 しかし本当に戻れるのだろうか……?

 アレが夢ではなければ戻れるかもしれない。しかし戻れる予兆はまったくもってみられなかった。

 とにかく今は信じるしかないのだけれど、不安で仕方なかった。

 一生女性として過ごす場合、男を愛すべきなのだろうか? しかし男のモノを受け入れるなんて……絶対にできそうになかった。


 やはり、何が何でも男に戻りたかった。


「恭ちゃん? 階段。暗いから足下気を付けて」


 ボーっとしていた恭介に気を遣ってか、色葉が言ってきた。


「うん。ああ……」


 そして恭介が一段目の階段を下りようとした時である。


 ドンッ!


「えっ?」


 背中を誰かに押され、足を踏み外した。

 誰か? 誰かって誰だ? 色葉? いや、色葉は隣を歩いていたはずで……


「恭ちゃん!」


 色葉が慌てて手を伸ばしてきた。

 突き落とした張本人が、こんな必死な形相で助けようするわけがない。


 恭介は、色葉の手をパシッと取り、事なきを得たように思ったが――


「い、色葉! う、後ろ……!」


 色葉の背後に佇む陰に、慌ててそう叫んでいた。


「えっ?」


 ドンッ!


「きゃっ!」


 色葉も神使のお姉さんに背を押されて、二人は抱き合い、勢いよく階段を転げ落ちた。




「いっ、てって……」


 恭介は打ち付けた腰をさすりつつ、上体を起こし、少しだけ離れた場所に倒れている色葉に声を掛ける。


「お、おいっ……大丈夫か、色葉?」


「うっ、うう~ん……」


 色葉は地面に手をついて身体を起こし、階段の上を見やる。


「恭ちゃん? わたし誰かに突き飛ばれたような……犯人、誰か見た?」


「犯人って……」


 既に階段の上に姿は見えないが、犯人は、自身を神の使いと名乗る神使のお姉さんであった。

 身体を元に戻してくれると言いつつ、何でこんなひどい真似を……?


「んっ? 身体を……?」


 恭介は、色葉の方をもう一度見やり、そして自身の身体を確認した。


「も、戻ってる。元に……戻ってる」


「えっ? あ……ほ、本当だ」


 色葉も自身の身体を確認し、今気付いたように言って、


「やったね、恭ちゃん?」


 色葉が喜び勇んで、恭介に飛びついてきた。


「お、おい……あんまはしゃぐなって」


 色葉の胸が腕に押し付けられるように当たっていた。


 なぜだろう? 色葉になっていて自分で直に触ってみるよりも、布越しでもそちらの方が嬉しかった。


「しっかし……やっぱり本物だったとは……」


「本物って?」


「ああ、いや……色葉の背中を押したのは……多分神様かなって」


「何それ?」


「まあ身体は戻ったんだし、それでいいんじゃねっていう話だよ」


 本来、階段から突き落とされたなら警察に通報すべき案件なのだが、ここはその辺を有耶無耶にすべきだろうなと思ってそう言ったのである。


「んじゃ、帰ろうぜ? 久々の我が家にさ」「うん。そだね、恭ちゃん?」


 そして恭介は笑顔で立ちあがって、


「んっ?」


 股間に走ったビリッと刺激に顔をしかめた。


「お、おい……色葉?」


 恭介は前屈みに股間を押えつつ、


「何か……妙に股間がヒリヒリするんだが……何でだ?」


「えっ?」


 色葉はハッとしたように顔を背けて、


「し、知らないよ?」


「し、知らないって何だよ? こっち見て答えろよ?」


「だ、だから知らないもん! 恭ちゃんのおちんちんとお別れするのが寂しくて一晩中おちんちんを弄り倒してなんかないし、ましてや尿道に何も差し込んだりしてないもん!」


「え、ええっ~……尿道って……えっ~……」


 ある程度は覚悟していた恭介も、さすがにドン引きしたのだった。

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