再び神社へ

 恭介は色葉に電話した。


「もしもし色葉か……?」


 色葉が言った三日間という期限が過ぎたため、雪菜に相談すると伝えるためだ。

 さすがにこのまま色葉の振りを続けていくのは困難極まりなく、信頼できる大人に頼るべきと考えたのである。


『どうしたの恭ちゃん? 今、立て込んでるんだけど、おトイレ?』


「いんや。色葉……お前が言ってた三日の期限も過ぎたろ? で、ダメだったわけで……やっぱ俺たちだけじゃどうにもならんだろ? だからさ――」


『ああ、それなら方法がわかったから待ってて』


「んっ? わかったって?」


『うん。間違いに気づいたの。それで恭ちゃん? 用件はそれだけ?』


「まあ……それだけっちゃー、そうだけだけれど」


『だったら切るね? じゃあ、すぐに戻るかわかんないけど行ってくる』


 色葉は一方的にそう言ってきて――


「えっ? ちょ……待っ……」


『――――』


 既に通話状態は途絶えていた。


「あいつ……何を……」


 恭介は、色葉にリダイヤルする。

 しかし出ないし、窓から見える恭介の部屋の明かりも消えた。


「風呂か……?」


 と、思っていたら外でバタンと扉が閉まる音が微かに聞こえて、窓から恭介の家の玄関を見下ろした。


「……色葉……?」


 どこに出かけるつもりなのか、色葉が家から出て行くところが見えたのである。

 しかしいくら待っても電話に出る気配が見られない。部屋に携帯電話を置いて行ったのだろうか?


「つーか、どこに……」 


 色葉は身体の入れ替わりに関して何かをつかんだような口振りであったが、その方法を実行するために出掛けたのだろうか?


「くそっ! よくわかんねーど追っ掛けるか……?」


 ちょっとした不安を感じ、恭介は色葉の後を追うことにした。


「あらっ? 色葉? 出掛けるの? こんな時間にどうしたの……?」


 玄関で靴を履いていると、色葉ママンが訊いてきた。


「ああ、うん。明日提出しないといけない課題の件でちょっと友達の家に」


 咄嗟に言い訳する恭介。


「けどこんな時間に……危なくないかしら?」


「大丈夫、恭ちゃんも一緒だから?」


 女の子が一人というとこに引っ掛ったのだろうからそう言った。別に後で恭介の身体と合流すれば嘘にならないし、問題ないだろう。


「あらっ? そうなの? だったら……まあいいけど。気をつけなさいよ。身体だってまだ本調子じゃないんでしょ?」


「うん。ありがと」


 色葉ママンも渋々だが了承してくれたようで、恭介は家を飛び出し色葉を追う。


「確かこっちに……」


 恭介はとりあえず色葉が向かったと思われる方向に駆けた。


「色葉が歩いてるならすぐおっつくと思うけど……」


 そして曲がり角の前で足を止める。


「どっち……だ?」


 真っ直ぐか、それとも……


「あっ!」


 ちょっとばかし遠くに、交差点の赤信号で立ち止まる色葉の姿が目に入った。


「よっし」


 これでもう見失うことはないだろう。恭介は信号待ちにする色葉に早足で駆け寄る。


 でも、どうしようか? このまま声を掛けるべきなのだろうか? そもそも色葉はどこに向かっているのだろう?

 色葉がどこで何もしようとしているのか気になって尾行ってしまったが、このまま黙って色葉の行動を見守るべきなのだろうか?


 恭介は色葉に声を掛けるのはやめ、ちょっと距離を置いたところで足を止めた。

 そこに――


「こんばんはー」


 年の頃は三十代半ば、サラリーマン風のメガネの男が道でも尋ねたいのか、恭介に声を掛けてきた。


「はい、こ、こんばんは」


 恭介は色葉の行き先を見失わぬようにチラ見しつつ、男に軽く会釈を返した。


「今、暇? 何してるの? こんなところで」


「何って……」


 恭介はそこでようやく理解した。


 男は道を尋ねたくて声を掛けてきたのではなく、ナンパの目的で声を掛けてきたのである、と。

 色葉ママンが心配するのも当然で、色葉のような目を引く美少女ちゃんがこんな時間に一人で出歩いていたら声を掛けられたりもするだろう。


 男である恭介は今までそんな心配がなく、その辺のことはすっかりと失念していたのである。


「ごめんなさい、急いでますんで」


「あれっ? 割り切りの娘じゃないの?」


「……割り切り?」


 恭介は初めて聞く言葉に小首を傾げて訊き返した。


「ああ、うん。どう? せっかくだし遊ばない?」


「い、いえ……すみません。本当に用がありますんで」


「そっか~、うん、わかった……」


 男は残念そうに苦笑して、


「でも、夜の女の子の一人歩きは危険だから注意した方がいいよ? じゃあね?」


「はい、ありがとうございます」


 しつこくなくて助かった。恭介は男に笑顔で頭を下げると、色葉を追うためにちょっと小走りで追い掛ける。

 そして距離を詰めたら再びその距離感を保ちつつ、色葉を尾行する。


「んっ? もしかして……」


 色葉は人気のない道に入っていく。

 しかしこの道順で、色葉が向かっている先が何となくわかった気がした。


 この先にあるのは――


「やっぱり天孤神社か……」


 色葉は神社に続く階段、その鳥居の前で一礼し、階段を上っていった。

 なぜだか色葉はこの天孤神社にやたらとこだわっている様子であった。


 色葉は元に戻る方法が新たに見つかったと言っていたが、ここへの参拝のことであったのだろうか?


 しかしそれは三日前に二人で行い、現状は何も変わらぬままなわけで。


「まさか……お百度参りでもしようってわけじゃねーだろうな……?」


 一度でダメなら百回行えば誠意は届くかもしれない。その理屈はわかる。ただし、神様が本当にいればの話である。

 つまり色葉の行為はまったくの無駄骨となるかもしれなかった。

 仮にそうであれば止めるべきか? しかし色葉が信じているなら止めずに見届け、こちらはこちらで元に戻る方法を模索していくべきなのかもしれない。


「とりあえず……ちょっと様子を見るか」


 本当にお百度参りだったら最後まで付き合う……かは別として、恭介は色葉の後を更に追うことにした。


 階段を上りきった恭介は、色葉から距離を取って物陰に身を潜ませた。

 色葉は手水舎で手を洗い、口をすすいだ後、柄杓を置いた。


 その後は、確か神殿に向かうはずなのだが……


「えっ? あいつ何を……?」


 色葉はなぜかその場で周囲を確認した後、下半身を露出させたのである。


「ちょ、あのバカ……!」


 そして色葉は柄杓を取り、局部を清め始めた……


「くはっ……!」


 急いで取り押さえるべきか? こんな姿を誰かに目撃された人生が終了してしまいかねない。

 いや、まあこんな時間帯だし、神社には誰も――


「?」


 恭介はその瞬間、背筋にぶわっと妙な圧力を感じ、恐る恐る振り返った。


「なっ! えっ!」


 背後にはスーツ姿の男が立っていた。その男には見覚えがあった。先ほど恭介をナンパしてきたメガネだった。


「どうし……ふぐっ!」


 男は恭介の背後から抱き着いてきて、口を塞ぎ、にたっと笑って耳元で囁く。


「だから忠告してやったろう? 夜の女の子の一人歩きは危険だから注意した方がいいよ、って」


 目をカッと見開く恭介。

 自身が置かれている状況をようやく理解したのである。


「んぐっ!」


 抵抗する恭介だったが、この細腕では、男の腕力に適わず、抜け出せない。

 とにかく手水舎で念入りに局部を洗っている色葉に気づいてもらわなくてはならないだろう。


 別に一対二なら適うとかではなく、色葉に警察に通報さえしてもらえば男も逃げ出すものと考えたのである。


「こらっ、抵抗すんなって」


 男も手水舎でおちんちんをキレイキレイしている色葉の存在には気づいているのだろう。

 抵抗する恭介を無理やり引きずり、草むらへと引き込み押し倒した。


「きゃっ!」


 弾みで押さえつけられていた口から男の一瞬離れる。

 恭介はその隙を見逃さず、思いっきり男の腕に噛みついた。


「いつっ!」


 恭介に跨ったままで仰け反る男。

 恭介は肺に空気を一気に流し込み、大声で悲鳴を上げようとして――


「……あっ……ああ……」


 首筋に宛がわれた冷たい感触に、言葉を失った。


「さあ大人しくしようか? 君もこの可愛い顔に傷をつけたくないだろう?」


 男が恭介の首筋に宛がったもの――それは折りたたみナイフの刃であった。


「そうそう。大人しくしていれば優しくしてあげるからさ?」


 怖い。身体が震える。例えナイフを向けられたとしても、色葉の身体は守らなければならないのは分かっているが……


「さあ、じゃあ一緒に愉しもうか?」


 男が恭介の顔に自身の顔を近づけてくる。

 恭介は男から顔を背け、ぎゅっと目を瞑った。


 ドサッ。


 男が全体重を恭介に預け、圧し掛かってきた……

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る