お風呂、里緒奈。

 恭介はなるべく色葉の身体が目に入らないよう天井を眺めてゆったりと湯に浸かっていた。


 お風呂はしっかり入れという言いつけを守ってのことである。


 正直な話、体の隅々までじっくりと観察したいのは山々であったが、変な気分になって取り返しがつかないことになったら色葉に申し訳がなく、自重することにしたのだ。

 何しろ今の恭介は色葉の身体にしたい放題できる身。しかしそれは例えば眠っている彼女に何かをするのと同じ非紳士的な行為。


 だから恭介は、ひたすら耐えるしかなかったのだ。


「しっかし、本当に元に戻れるかよ……?」


 何だかんだで二日経った。


 色葉は三日で戻れると言っているが、他に相談すべきだろうか? というかこんな事例は過去にあったりするのだろうか?

 例えばネットで相談したところで嘘や創作だと大半の人は思うだろうが、同じ境遇の人が一人でもいて引っ掛かってくれたりするのならやってみる価値はあるだろう。

 過去の日本にそんな事例がなくとも世界に目を向ければあるかもしれない。しかし日本語以外の言語はどうにもならない恭介であるから誰かに頼る必要が出てこよう。

 それ以前にやはり信頼ができる身近な人物に打ち明けて、相談すべきだろうが。


 相談するなら誰がよいだろうか?


 里緒奈――いや、彼女は頭が固そうだし、そんな不思議現象を信じてくれるとは到底思えない。

 雪菜――相談するなら彼女だろうか? 何か怪しげな知人も多いようだし、何なら超常現象やその手の事象に詳しい専門家なんかの知り合いとかもいるかもしれない。


 色葉は三日で戻ると言い張っているから、それが過ぎたら色葉を説得し、雪菜に相談するように持ちかけてみるべきか。


「よし、そうしよ……んっ?」


 カタン。


 風呂場の外の洗面所に誰か入ってきた様子であった。

 明かりがついている時点で風呂に入ってい明白であろうし、こんな時間である。夜食でも食べて歯でも磨きにきたのだろうか?


「……って、えっ? あれっ?」


 恭介は焦った。


 擦りガラス越しに見える……おそらくは里緒奈らしきシルエットの人物が服を脱ぎ始めたのがわかったのである。

 洗濯したいものがあって上着だけ脱ぐという脱ぎ方ではなく、既に下着姿の様子。


「お、お姉ちゃん……だよね? は、入ってるよー?」


「ええ」


「ええって……」


 マズい。


 里緒奈は恭介が風呂に入っていようとお構いなしに入ってこようとしている様子だった。


 どうする? 中から鍵をかけてしまおうか? 

 恭介は鍵の位置を目で追って確認する。


 あった。しか鍵を掛けている間はなかった。

 風呂に浸かっている恭介と引き戸の前に立つ里緒奈。どうにも間に合わぬ距離。


 それ以前に、姉妹間でそれは不自然極まりなくできやしなかった。

 そうして恭介がどきまぎしていると、ガラガラッと引き戸が開いて――


 心音と呼吸が乱れに乱れまくる恭介。


「見ちゃダメだ。見ちゃダメだ。見ちゃダメだ」


 健康的な肉付きをした色葉の裸体。


 対して大人の色香が漂う里緒奈、服を着ていてもエロスが滲み出ている彼女の裸体を目にしてしまったら、抑えがきくがわからなかった。


 恭介は色葉の身体になってから一人しゅっぼっていなかった。


 だがもし里緒奈のせいで変な気分になったら勢いで色葉の身体に何かをしてしまうかもしれなかった。色葉の承諾なしに、そんな寝込みを襲うような卑怯な行為、絶対に避けねばならなかったのである。


「じゃ、じゃあお姉ちゃん、わたしは先に出るね?」


 恭介はなるべく里緒奈の方を見ないように浴槽から立ち上がり、里緒奈とすれ違って風呂から上がることにしたのだが……


「待ちなさい、色葉?」


 すれ違いざま、がしっと恭介の肩をつかんで引き止める里緒奈。


「な、何? お姉ちゃん?」


 恭介は振り返らずに訊き返した。


「こっちを見なさい、色葉?」


「えっ?」


 そう申されても、振り返ったら里緒奈のすべてが目に入ってしまう。


「色葉!」


 業を煮やしたのか、里緒奈はつかんでいた肩を引き寄せ、無理やり恭介を振り返らせてきた。

 恭介は目を泳がせつつ、なるべく下を見ないように里緒奈の顔を見やる。


「お姉……ちゃん?」


 今の里緒奈は髪を下ろし、メガネもなく、化粧も落しているため、普段より顔つきも優しくなり、だいぶいつもの印象と異なって見え、ドキッとした。


「どうしたの、色葉? 最近変よ? わたしたちから避けるように食事の時間までずらして一人で取って……何かあったの?」


 どうやら里緒奈は、その辺の事情を訊こうとして恭介が風呂に入っている時間を見計らい、入ってきた様子だった。


「べ、別に避けてるとかじゃ……風邪気味で変な時間帯に寝る癖がついちゃただけで……それにお姉ちゃんたちに移しちゃ悪いかなって……けほっ、けほっ……」


「本当にそれだけなの?」


 里緒奈が疑惑の眼差しを向けて言ってきた。


「そ、それだけって……どういうこと?」


「あなたがおかしくなったのは恭介くんとピクニックに行ってから……ワンピースも泥で汚れていたし、もしかして恭介くんと何かあったんじゃないの?」


 洗濯前のワンピースの汚れを目にし、里緒奈は何かを勘ぐっているらしかった。


「あ、あれは……ちょっと転んじゃっただけで……別に何もなかったよ?」


「本当に? 恭介くんに無理やり押し倒されて、おちんぽをねじ込まれたとかそういうことじゃいの?」


 ド直球な物言いに表情を歪める恭介。


「お、俺がそんなことするわけが……」


「……俺?」


 と、眉をひそめて訊いてくる里緒奈。


「あっ! いや、そうじゃくて! 恭ちゃんがそんなことするわけないじゃん!」


 恭介は慌ててそう言い直した。

 しかし里緒奈はそれを否定するように首を横に振る。


「むしろ恭介くんはそんなことしか考えていないわ。あなたより少しだけ長く生きているお姉ちゃんが言うのだから間違いないわ。恭介くんの頭の中は卑猥なことで埋め尽くされているのよ?」


 何を勝手なことを言うのだか。

 里緒奈は更に続けて、


「でも本当に……恭介くんに無理やりされて……その……例えば、妊娠の心配があるとかそういうことで悩んでいるとかじゃないの?」


「……に、妊娠なんてしてるわけないよ?」


「だったらいいけど……」


 そう言うと里緒奈は恭介をそっと引き寄せ抱き締めた。


「お、お姉ちゃん……?」


 恭介はその肌の温もりと柔らかな感触にごくりと息を呑み込んだ。


「色葉……もし悩み事があるならわたしに言いなさい。わたしはいつでもあなたの味方だから。いいわね、色葉……?」


「う、うん……あ、ありがと……お姉ちゃん」


 恭介はぎこちない笑みで何とかそれだけを言って、里緒奈に返した。

 里緒奈の色葉への気遣いはとても伝わってきたのだが、色葉の身体を支配している恭介は今、それどころではなかった。


 抱き締められ、色葉の大きな胸が、里緒奈のより大きな胸と重なり、押し潰されているのがその感触でわかったのである。


 抱き合っているために見えないが、俯瞰で見れたら、それはそれは壮観で、素敵な絵になっているに違いなかった。

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