鏡があればお尻の穴が見えるんじゃないかとボクは思った。

「じゃあ、恭ちゃん? 三日くらいしたら元に戻るはずだから、それまでわたしの演技お願いね?」


 家の前、別れる間際に色葉がそう言ってきた。


「お願いっつても……お前の家族を騙し切る自信ねーよ?」


 身体が入れ替わったなんて言い出したら頭がおかしくなったと思われてしまう。

 なので恭介は色葉に成り切り、色葉は恭介に成り切ってこの三日間を過ごそうということになったのである。


 ただしなぜ三日間なのかは不明。色葉はなぜか知らないが、三日で元に戻れると踏んでいるらしかった。


「でもやるしかないじゃん? あとさっきも言ったけど、トイレの時は勝手にいっちゃダメだからね? 絶対に、だよ?」


 と、色葉は念を押すように言ってきた。


 排泄している姿を恭介には何が何でも見せたくないらしく、今後は色葉に排泄を管理されることになったのである。

 色葉の家は二階にもトイレがついており、そこでなら色葉の家族と遭遇しづらいということで、そこで目隠しされ、音と臭いを遮断されてすることになったのだ。


 ただし色葉の方は恭介の身体で、一人でするらしかった。これは男と女の差であるからと押し切られた。男女差別も甚だしいと思われたが、これは仕方ないことなので納得した。


「あ、色葉? そーいや、風呂はどうすんだ?」


「お風呂?」


「まだ確認取ってなかったから。さすがに互いの家族の目を盗んで一緒にってわけにもいかんだろ? 別に風呂に入らんでも死にはしないし、こっちはいいか? 入らなくても」


「だ、ダメよ。わたしの身体なんだから清潔にしてよ。明日からは学校にも行ってもらうんだし」


 色葉は幼児退行して休んでいたせいで、出席日数の関係であまり休むわけにもいかず、このまま学校にも通うことになったのである。


「清潔につっても……一人で入れってのか? ダメなんだろ?」


「……い、いいわよ。お風呂は」


 と、すんなりと言う色葉。


 排泄姿を見られたくないだけで、裸を見られてしてしまうのは、色葉的にオッケーらしかった。


「うーん、わかった。じゃあトイレの時は電話するってことで――あれっ? 明日から学校に行くんだよな?」


「そうよ?」


「え~っと、その時のトイレは……どうするつもりだ?」


 さすがに二人でどちらかのトイレに入るわけにはいかないが……


「大丈夫。その時言って。考えてあるから」


「マジか?」


 どうするつもりだろう?


「とにかく恭ちゃん、ばれないように」


「ああ……お前も気を付けて」


「ええ」


 そうして恭介は色葉と別れると、玄関ドアの前で立ち止まって深呼吸。


「大丈夫、俺は……じゃなくて、わたしはうまくやれる」


 恭介は色葉に成り切ったつもりで、ドアノブに手を掛け、ゆっくりとドアを開ける。


「た、ただ……いま~……」


 伏し目がちに小声で言いながら玄関をくぐり、そのまま色葉の部屋に向かおうとすると、


「おかえりなさい、色葉?」


 キッチンで洗い物をしていた色葉ママンが優しげな声音で言ってきた。


「た、ただい……けほっ、けほっ……お母さん……」


 わざと咳き込み返す恭介。


「あらっ? どうしたの? 風邪……かしら?」


「うん。ちょっとだけ体調が優れなくて」


「そう? 晩御飯はどうする? おかゆにでもする?」


「ああ……うん。おかゆじゃなくてもいいけど少し休みたいからごはんは後で一人で食べるね?」


「一人で? そう……わかったわ」


 よし、と心の中でガッツポーズを取る恭介。これで里緒奈たち他の志田家の面々とは極力顔を合わさずに済む。


 これは色葉と協議して決めたことで、しばらくはずっと風邪気味ということで通すことにしたのである。これならいつもと少しくらい行動がおかしくても熱のせいということにできるからだ。


「じゃ、部屋で少し休むから起こさないでね?」


「ええ、無理しないで。どうしてもダメだったら明日は休みなさい」


「うん、ありがと。けほっ、けほっ……」


 恭介は無難に返して、色葉の部屋に向かうことにする。


 色葉の家に来るのは何年振りか。部屋の配置は変わっていない。

 恭介の部屋と向かい合った二階にある三部屋のうち一部屋が色葉の部屋。


「お、お邪魔しま~す……」


 何となく女の子の部屋に主が不在の状態で入室するのは気が引けて、小さく声を掛けながらレバーハンドルをつかんで引いた。


「こ、ここが色葉の……部屋……か?」


 数年振りに訪れる彼女の部屋はずっと女の子らしく……


「なってないな……」


 彼女の部屋は調度品などがシックにまとめられ、ぬいぐるみなどかつて見られた女の子らしい品が見当たらず、落ち着いた空気を醸し出す部屋となっていた。


「……色葉……」


 机の上にあった卓上ミラーに自身の今の姿が目に入り、それを手に取った。

 鏡には映るは色葉の顔を食い入るように見詰める。

 そして自身の顔にそっと触れ、確認する。


 本当に、何でこんなことになってしまったのだろう? それともこれは現実味を帯び過ぎた夢であったりするのだろうか?


「ふ、普通に考えれば、そう……だよな? 夢……だよな?」


 恭介は、ことんと卓上ミラーを机の上に置き直し、スカートの下に手を突っ込ませると、するりとショーツを足首の位置まで下した。


 そして呼吸を整えると、再び卓上ミラーを手に取った。


 この鏡を使用すれば、隅々まで観察することができる。これは恭介の夢なので、見ても問題ないのである。

 仮に、万が一夢でなかったとしても、裸を見られることは色葉もオッケーしてくれているので、やっぱり見ても問題ないのである。


 つまりどっちにしろ見ていいのであれば、知的好奇心を満たすために見なければならないのである。


「よ、よしっ……」


 心臓の鼓動が次第に強くなる。

 恭介は緊張にごくりと息を呑み込んで、スカートを捲り上げようとして――


 バンッ!


「んっ?」


 その物音にハッと顔を上げると、


「ひいぃっっ!」


 屋根伝いやってきた恭介の姿をした色葉が、ぺたっと窓に張り付いていた。


「ご、ごめんなさい色葉さん! 出来心で! ま、まだ見てないんで、ゆ、許してください!」


 恭介はその場で土下座し、色葉に謝罪した。

 しかしその色葉は切迫した表情で窓をバンバンしているのみでコチラに乗り込んでこようとはしなかった。


「あ、ああ……鍵か……」


 どうやら鍵が閉まっているらしくこちらに乗り込んでくることができなかったらしい。


 その前によくよく考えてみれば、レースカーテンは閉まっているのだから、内側から見えても外からは見えていないはず……だった。


 恭介は静かに立ち上がるとショーツを穿き直して窓にドキドキしながら歩み寄り、平静を装いつつ、何食わぬ顔で鍵を開けてやった。


「ど、どうかしたか、色葉?」


「た、大変なの、恭ちゃん!」


 色葉が慌てた様子で、恭介に言ってきた。

 やはり恭介の行動を見ていたわけでないらしく、何か違う理由のトラブルが発生し、慌てているように窺えた。


「た、大変って……何がだ? まさか母さんか姉さんに入れ替わりがバレた……とかか?」


「ち、違うの……お、おちん……」


「おちん?」


「お、おちんちんがトランスフォームして戻らなくなっちゃったの!」


 恭介は「んっ?」と顔をしかめて、


「ひ、人の身体で何を……?」


 と、自身でしようとしていたことを棚に上げ、色葉を非難するように言った。

 確かに色葉を見やれば若干、前屈み気味になっていたのに気付く。


「ち、違うもん! そうじゃなくて、おトイレで用を足した後、拭いてたらテンション上がって……トランスフォームしちゃったんだもん!」


「て、テンション上がったって……そもそも拭かなくても……ってか、放っとけば元に戻るからいいよ。放置で」


「だ、ダメだよ! 収まりつかないもん! 恭ちゃんがおトイレする時わたしが介添えしてあげてるんだから、これは恭ちゃんがしてよ!」


「お、おまっ……自分で何を言ってるかわかってんのか?」


「わかってるもん! わたし一人じゃ怖くてできないからまずは恭ちゃんにお手本を見せてほしいの!」


「で、できるわけねーだろ、んなことよ」


「だったらいいもん! お姉ちゃんに頼むから!」


「ちょい、待てっ!」


 恭介は色葉の腕を取って引き止めて、


「リオ姉はダメだ……」


 と、真顔で言った。


 最近の里緒奈は、冗談なのかマジなのか、恭介への迫り方が尋常ではなかった。

 もしこんな状況で色葉を里緒奈の前に放り出したら、本人が知らぬ間に今まで大切に守ってきた童貞が奪われかねない。


「なら恭ちゃんが処理してよ! これは恭ちゃんの身体なんだよ! ちゃんと責任とってよ!」


 色葉がまくしたてるように言ってきた。


 何だかんだでこんな訳の分からぬ状況に追い込まれ、不安な思いを彼女もしていてそれが爆発したのだろうか?

 それとも肉体と精神のバランスが保てず、性欲が高まりまくってでもいるのだろうか?


 どちらにせよこのまま彼女を放置しておいたら何をしでかすやら。


 恭介は嘆息する。


「わ、わかったよ……」


 いつもしていることを自分の身体にするだけだ。

 とはいえ見られながらするのは耐えられぬ。


 そんなわけで恭介が用を足すときと同様、色葉には目隠ししてもらうことにした。


 その際、色葉の身体を使ってというシチュエーションが頭を過らなかったわけではないが、もちろんそんなことはしない紳士な恭介であった。

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