混戦模様

 聖泉女子の制服をきた結愛、そして里緒奈。


「……な、何で二人がここに?」


 訊かれると結愛は雪菜を見やりつつ、


「う、うん……こちらの鳥居先生にね、色葉ちゃんのことで……」


「ああ、そういうことだ。九条さんには事情を話してきてもらった。志田の姉は聖泉女子に連絡したら電話に出て……事情を軽く話したら、何かついてきやがった」


 雪菜に言われると里緒奈は「ええ」と頷いて、


「うちの九条の副担任としての電話に出たのだけれど、色葉が戻ったとのことで、駆けつけさせてもらったわ」


 どうやら既に、結愛も里緒奈もある程度の事情は把握しているらしかった。


「つーか、雪菜先生! な、何のためにそんなことを……? わざわざ話をややこしくしなくとも……?」


 と、恭介は恨めしそうに雪菜を見やりながら言う。


「ふんっ、お前みたいな優柔不断な男、ほっといたら志田に九条さん、どっちにもいい顔しようと二股して、最終的に刺される未来が待っていそうだったのでな」


「ちょ……」


 恭介はいつぞや見た悪夢を思い出してぞっと背筋を凍らせる。


「い、いや……ふ、二人はそんなことする娘じゃありませんから」


 自分に言い聞かせるように恭介。


 しかし雪菜も恭介のことをわかってのことかもしれなかった。

 確かに恭介は場に流されやすく、その場の雰囲気で言葉を濁してしまうきらいがあった。


 つまりはどちらか片方を選択しようと、もう片方には別れ話を切り出せず、どちらともずるずると関係を続け、最終的に取り返しのつかない事態に陥ってしまっていたかもしれなかった。


 そう考えれば、雪菜の判断は正しかったのである。


「さあ、とっとと選べ」


 雪菜が促してきた。


 恭介は息をゴクリと呑み込み、不安そうな色葉と結愛の顔を交互に見比べた。

 全身から汗が噴出してきた。緊張でおかしくなりそうであった。


「何をしている、恭介……? さっさと選べ。志田か……九条さんか……それともこのわたし……雪菜お姉さんか……さあ、誰を選ぶのだ?」


 そうだ。男として、決断せねばならなかった。


 色葉か結愛か……それとも……


「――って、何でそこに雪菜おばさんがさりげなく入ってくるんですか?」


「えっ? お前……わたしのこと好きだったんじゃないのか?」


「な、何でそうなるんです? 更に話をややこしくしないでくださいよ!」


「だがお前……わたしの手で射精したじゃないか?」


「!」


 場の空気が瞬時に固まった。


「な、何言ってるんすか、冗談はやめてくださいよ、あははっ……」


 なぜここで急にそんな話題を振ってきたのだろう?


 怖々と色葉を見やれば唇を戦慄かせているし、結愛に至ってはドン引きしている様子であった。


「ちょっと、いいかしら……?」


 傍観していた里緒奈が、すっと右手を軽く上げ、無表情に恭介を見やり、


「わたしも彼に……その……言いづらいことだけど……」


「り、リオ姉……? 何を言おうとしてるんですかね……?」


 途轍もなく嫌な予感がした。だが里緒奈は大人の女性だ。


 しかも妹の色葉がいる前で、変なことは口走らないはずだとは思ったのだけれど……


「恭介くんに体液をぶっかけられました。手と足に、無理やり、ぶっかけ……られました」


 その瞬間、無表情に見えた里緒奈の顔が僅かに綻び、メガネがキラッと光ったように見えた。


 しかし、なぜ今ここで……?


 もしかするとだが、里緒奈は恭介をいじめることに喜びを覚えてきたのではないだろうか、そんな気さえしてきていた。


「きょ、恭ちゃん? それ……本当なの? 雪菜先生やお姉ちゃんの前で迸ったって……本当なの?」


 と、今にも泣きだしそうな顔と声音で訊いてきた。


「そ、そんなわけ……ははっ……で、ですよね、リオ姉? 冗談……ですよね?」


 恭介は引きつり気味の笑顔で、「下手に刺激したらまた色葉が幼児退行しちゃうかもですから空気を読んでくださいね?」というアイコンタクトを送りつつ里緒奈に言った。


 しかしそんな恭介の気を知ってか知らずか、


「本当よ、色葉……恭介くんは嫌がるわたしに向かってぶっかけてきたの」


「なっ! 何を言って……マジで……! 空気を読みましょうよ!」


 もしかすると里緒奈は、恭介と色葉を付き合わせたくなくて、敢えて恭介を貶めることをしているのだろうか?


「くっ、色葉! 信じるなよ! 俺はそんなこと――」


「本当よ、色葉……証拠だってあるわ」


 里緒奈は言うと、携帯電話を掲げて見せてきた。


「えっ?」


「今からその時の動画を見せてあげるから、ちょっと待ってなさい」


 動画を撮られていた? いつどこで? わからないが、あんなものをこの場所で公開されたら、終わりだ。


「きゃっ! 恭介くん、何をするのっ!」


 咄嗟に恭介は、里緒奈の手から、携帯電話を奪い取ったのだった。


 額の汗を拭う恭介。


 とりあえず、何が何でもあの動画だけは公開させるわけにはいかなかったのである。


「お分かりいただけたかしら?」


 里緒奈は静かな口調で恭介を冷たい視線で見やりつつ、


「これが……証拠よ?」


 里緒奈は何を言っているのだろうか、取り上げた携帯電話を見やるが、動画が再生されている様子はなかった。


「気づかないの? 動画何て初めから存在していなかったのよ?」


 恭介は眉をひそめて、


「えっ? な、ないって……えっ?」


「本当にわからない? ありもしない動画に反応して恭介くんはわたしのスマホを取り上げたのよ? つまりその時点でそういった行為があったと認めているのと同義だってことよ?」


「あっ……はっ!」


 確かに無実であれば、そんな動画は存在しないと初めから分かっているから、それを公開されまいと抵抗する必要さえなかったのである。


 恭介は、完全に、里緒奈にしてやられたのであった。

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