ケジメなさい

「とりあえず理由を聞こう。どうしてこんな真似を?」


 雪菜は志田が何のために幼児退行が治らない振りをしていたのかを訊いた。


「は、話したら……黙っていてくれますか?」


「うむ……取り敢えず聞いてからだ」


「は、はい……」


 志田は頷いて、静かに語り出した。


 話を要約すれば、恭介の前で恥ずかしい思いをし、どういった顔で恭介と接すればいいか分からず、幼児退行した際、幼児退行したままなら恭介と一緒にいれると考え、治っていない振りをそのまま続けているということであった。


「恥ずかしい思い……催眠術で消したと思ったら更に恥の上塗りをしていたってことか?」


「は、はい……恭ちゃんに、絶対に変な娘と思われちゃってるし……もう、わたしどうすればいいか……」


「催眠術……なるほど……滿雄と引き合わせたとはわたしだしな……責任の一端はわたしたちにもある……そういうことか?」


「そ、そう思うなら黙っていてくれますよね?」


 志田が縋るような目で言ってきた。


「ふむ……その場合、幼児退行の演技をそのまま続けるということか? 心配してくれている家族や身近な人間をこれからも騙し続ける……そういうことか?」


「そ、それは……だって……」


 さすがに彼女も、周りにどれだけ迷惑をかけているか理解している様子ではあった。


「だって……何だ? これ以上、皆を騙し続けるつもりかどうか訊いているのだが?」


「そ、そんなの知らないもん!」


 彼女は目にいっぱいに涙をためて、


「幼児退行してれば、恭ちゃんがずっと優しくしてくれるんだもん!」


 そう訴えてきたである。


「何じゃ、そりゃ……?」


 志田は泣きながら、ぽつぽつと雪菜に語り始める。


 恭介と志田は、そもそもは両想いであったらしい。

 しかしちょっとしたすれ違いから恭介は、志田に嫌われたと思って、他校の生徒と付き合うことになってしまったとのこと。

 そうして志田は催眠術を使って暴走し、今は恭介と合わせる顔すらなく、幼児退行した振りを続けてなくてはならないのだという。


「くだらんなー、実にくだらん」


「く、くだらなくないもん! わたしにとっては死活問題なんだもん!」


「それでわたしが黙っていたとしよう。いつまで嘘を吐き続けるつもりだ? 高校を卒業するまでか? 大学を出て就職するまでか? 恭介が振り向いて結婚してくれるまでか? だったら結婚できなかったらどうする? 結婚できなくても幼児退行の責任を取らせて恭介に寄生するつもりなのか?」


「そ、そんなつもりじゃ……だってわたしは……」


「だってだってうるさいな? お前の中で恭介の存在が大きく締めているのはわかった。だがな、失恋したならしたと認めればいいだろう?」


「し、してないもん! まだしてないもん!」


「してないって……恭介には既に彼女がいるのだろう? 初恋なんてほとんどの人間は成就しないんだ。割り切れ」


「いやっ! そんなに簡単に割り切れないもん」


 だったら寝取ればいい……とはさすがに口にできない。


「とりあえず現状を正しく理解して、一度決着をつけろ」


「……決着?」


「ああ、その場は用意してやる」


 面倒であるが、責任の一端は雪菜にもあるようであるし、協力してやることにした。



          ◆



「でも知らなかったなー、瀬奈が色葉と幼馴染だったなんて」


 休み時間に保健室に向かうさなか、亜美が恭介に言ってきた。


「まあ、どうでもいいことだしな……言う機会がなかっただけだろう? それより色……今のあいつはお前のことも認識できないかもしれんけど、気を悪くせずによろしく頼むな?」


「あー、わーってる。わーってる」


「木下……お前も頼むぞ?」


「うーん、いいよー」


 恭介は予定通り、依子と亜美を連れて色葉が待っているであろう保健室を訪ねることにしたのだが……


「……あれっ? おばさん?」


 なぜか保健室の前で雪菜が誰かを待っているかのように佇んでいたのである。


「雪菜おば……先生? そんなとこで何してるんすか?」


「ああ、お前が保健室に入る前に伝えておきたいことがあってな」


「……俺にって……? 色葉のことですか……?」


「ああ、奴の幼児退行だがな、治った」


 唐突な報告に目を丸くして驚く恭介。


「ま、マジっすか……! 医者に診せてもダメだったのに……?」


「ああ、叩いたら治ったぞ」


「ちょ……む、昔のテレビ……! つか、何で叩いてるんです……!」


 雪菜はその恭介の突っ込みを無視し、恭介の後ろの依子と亜美を見やって、


「そこの二人は志田の友人か?」


「はい」


「だったら入っていいぞ」


 そう言われると二人は、恭介を横目に「失礼しま~す」と保健室に入室し、中で久々に会えた喜びに歓喜し、色葉とはしゃいでいる様子であった。


「え、え~っと……」


 恭介はそんな引き戸で締め切られた向こう側の空気を感じつつ、自身の顔を指差して、


「……俺は……?」


「ああ、お前とは会いたくないそうだ」


「……で、ですよねぇ~」


 元より色葉が幼児退行したのは恭介が原因であった。そんな恭介に今は合わせる顔がないのは当然であった。

 今まで散々頼られてきたのに幼児退行から戻った途端に避けられるのはちょっぴり悲しいが、致し方ない。


「じゃ、じゃあ……俺は教室に戻りますんで」


「待て」


 呼び止められて振り返る恭介。


「……何すか?」


「放課後にまたこい」


「えっ? 放課後ってことは……色葉を送ってけってことですか?」


 帰宅中に色葉が再び幼児退行を起こす可能性を考慮してのことだろうが、


「無理っすよ? 色葉の方が拒絶してるんでしょ?」


 ここは無難に、家族に迎えに来てもらうべきだろう。


「そうではない。志田が幼児退行したのは恭介……お前のせいなのだろ?」


 恭介は苦笑する。


「え、ええ……まあ……そういうことになりますかね……?」


「だったら引導を渡してやれ」


「……はっ? 引導と申されますと?」


「しっかりと失恋させてやれと言っている。でなければ同じことの繰り返しになるだろうからな」


「えっ?」


「志田に聞いた。今は聖泉女子の女生徒と付き合っているのであろう?」


「そ、そうっすね……」


「なら今後も付き合えないときっぱり言ってやれ。志田のためにな」


「…………」


 押し黙る恭介に、雪菜は眉根を寄せる。


「どうした? もしかして、志田にまだ未練があるというわけではあるまい? それとも嫌われたと思っていたが実はそんなことがないとわかって今度は幼馴染に鞍替えでもするつもりか?」


 どうやら色葉はすべてを雪菜に語って相談した模様であった。


「た、確かに俺は……」


 幼い頃から一緒に時を過ごしてきた色葉に恋していた。

 

 色葉が初恋だった。


 しかし色葉には、関係の修復が不可能なほどに嫌われてしまった……そう思い込んでしまった。


 そんな折、結愛に告白された。嬉しかった。

 人生初の告白イベントで、舞い上がっていた部分もあったかもしれない。


 結愛の告白を受けたのは単純に嬉しかったから。おそらく、色葉の件がなければその場で断っていたと思う。


 しかし今は違う。結愛と一緒にいるのは……愉しかった。


「そうっすね……俺が優柔不断であったのがいけなかったかもしれません」


 恭介は、けじめをつけるべく、色葉に答えを出すことを心に誓った。




 その日の授業内容はまるで頭に入ってこなかった。


 一日中、上の空で過ごすことになった。


 答えは既に決まっている。


 今はただ、どう色葉に告げるかを考えていた。




 放課後、恭介は緊張した面持ちで保健室の戸をノックする。


「失礼………しま……って、えっ? ええっ?」


 保健室には、俯き加減の色葉と雪菜の他に、なぜか聖泉女子の制服をきた結愛、そして里緒奈の姿があったのである。

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