電車通学
「お、おはよ、瀬奈君……今日は自転車じゃ……あ、あれっ? 色葉ちゃん……? 体調の方は……よくなった……んだね? よかった」
結愛は恭介の背に隠れるようにしていた色葉を不思議そうに見やりつつ、それでも笑顔で言ってきた。
色葉も電車通学であり、結愛に最近色葉を駅で見かけないけどどうかしたのかと問われており、その際、色葉は体調が優れず、長期で休学していると伝えてあったのである。
「ねー、恭ちゃん?」
色葉は恭介の制服の裾を引っ張り、結愛を指差して、
「このおねーちゃん、だ~れ?」
「えっ? 色葉……ちゃん?」
色葉の様子に困惑する結愛。
「ああ、違うんだ、九条――」
体調が優れないと伝えてはいたが、幼児退行しているとまでは伝えてなかったので、結愛には改めて事情を軽く説明することにした。
「よ、幼児退行……?」
結愛は色葉を繁々と眺めつつ、
「で、でも……大丈夫なの……? そんな状態で学校に連れっていっても……?」
「うーん、俺もその辺は心配なんだが……とりあえずは保健室登校で様子見だから」
里緒奈にしても、何が何でも高校を卒業させたいというよりかは、色葉に刺激を与え、記憶が戻るようにしたいという側面が強く、そういう処置となったのである。
「そ、そうなんだ……けど、色葉ちゃんはその……女の子なんだし、その辺も気を遣ってあげてね?」
「ああ……そうだな? とりあえず色葉の友達にも協力してもらえるようにするよ?」
さすがに一日中恭介にべったりというわけにはいかない。
とりあえず恭介は、休み時間に色葉と仲の良い依子や亜美をぶつけて、色葉の様子を窺ってみようかと思っていたりした。
結愛のことも覚えていなかったようだし、やはり二人のことは覚えていないかもしれないが、それでもかつては気心の知れた仲だったわけで、馬は合うだろうから、何とかうまくやってくれるだろう。
取り分け、依子には期待していた。依子は何なら今の色葉に精神年齢が近そうだし、色葉が依子のことを忘れていても、一番上手くやってくれそうに感じたのである。
「とりあえず、回数券でいいか……」
いつまで色葉に付き合い電車通学にするか、長期化すれば定期券を買うべきかもしれなかったが、それがいつまで続くか全くの不明であったので、多少の割引感のある回数券を買うことにして購入ボタンを押した。
「せ、瀬奈君? そろそろきちゃうから……い、いそご?」
結愛が券売機の前にいた恭介を急かすように言ってきた。
「ああ……」
恭介は電光掲示板の時刻案内と現在の時刻を見比べる。もう一本あとの電車で構わないと思っていたが、急げばギリで前の電車に間に合いそうであった。
「んじゃ、そっちに乗るか? 色葉、いくぞ~」
「うん」
恭介たちは改札口を抜けて、階段を駆け下りる。
『間もなく、1番線に、各駅停車、屍行が参りま~す』
どんぴしゃなタイミング。ホームにたどり着くと同時に減速していた電車が停まり、プシューと音を立てて扉が開く。
「おう、座れそうじゃん」
車内に飛び込むと、思っていたより空いていた。
「う、うん……この時間だと、結構……座れるよ? 次のだと混んじゃってる場合あるけど」
「なるほど……それでか?」
結愛が急かした理由に納得する恭介。
色葉がポムッと座席のクッションに腰掛ける。
「恭ちゃんはここっ!」
と、色葉は左隣をポンポンと叩いて示してきたので、そこに座る。
「色葉……朝も言ったけど、電車であんまはしゃぐなよ?」
恭介は小声で色葉に注意喚起。
「うん!」
元気いっぱいに応える色葉。
結愛がくすっと笑うと、恭介の左隣に静かに腰かけ、言ってくる。
「な、なんか……親子みたいな会話……だね?」
「そう……か? って、おいっ、色葉? 何してる?」
色葉が恭介の脇の下からすっと腕を絡ませてきたのである。
「こ、こらっ! 人前であんま引っ付くなって言ったろーが?」
「いやっ!」
むぎゅぅ。
「なっ……」
胸を押し付けるように、更に引っ付いてくる色葉。
そしてその瞬間、背筋に凄まじい怖気が走った。
顔を上げなくとも視線を感じる。恭介は、殺気立った男たちの中心にいたのである。
「そ、そりゃ、そうか……」
色葉はグラビアアイドル並みにスタイル抜群な美人さんであり、結愛はお人形さんのような整った顔立ちをした美少女ちゃん。
そんな二人に挟まれ両手に花の状態にある冴えない男子高校生の恭介。
電車の時間帯などそう変わるものではなく、目立つ二人の美少女のこと。
明らかに二人のことを認識していたであろうし、何なら淡い憧憬を抱く性少年がいても不思議でないだろう。またサラリーマンとかであれば、彼女たちの存在が一服の清涼剤になっていたかもしれない。
そんなわけで車内のアイドルであるかもしれない二人を独り占めにしている今の状態で、恭介が反感を買うのは当然であったのである。
「ね、ねえ? 瀬奈……君?」
結愛が耳元で囁くように問い掛けてきた。
「な、何……だよ?」
「う、うん……恥ずかしいんだけどね、催してきちゃった?」
「えっ?」
そういえば今日は色葉の件でバタバタしてえり、まだ彼女のフリーズを見ていなかった気がした。
結愛は恭介の右手の指な自身の指を絡ませ、恋人繋ぎに、汗ばんだその手で恭介の手をぎゅっと握りしめてきた。
瞬間、更に周囲の殺気が増し、全身から発汗するのがわかった。
「は、ははっ……」
静かに目を閉じて寄り添ってきた結愛に乾いた笑みを浮かべる恭介。
こんなことが毎日続いたら、いつか嫉妬で殺されるのではないだろうか、と恭介は本気で思った。
「ん、んふぅ~……」
耳元で漏れ聞こえる吐息。
そして恭介の手を強く握っていたその手から力が抜け、結愛の紅潮した顔は、徐々に和らいでいったのであった。
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