∠ 45 家来の膝


仲直りを果たしたイルカと涼子は、連れ立って店を出る。


「想い人がいるならツクヨミ君はいらないよね。私がもらってもいい?」


涼子は、お弁当のおかずを分けろというような気軽さで、ツクヨミをねだる。


「それはまた別の機会に。本人の意向もありますし」


「けち。何でそういう所はしっかりしてるのよ、イルカ」


初めて名前だけで呼ばれたことに、イルカは喜びを隠せない。もう一度とせがむが、涼子は照れて黙ってしまう。


往来でじゃれあう二人の前に、何者かが立ちはだかる。イルカは靴と骨格だけで誰か分かってしまった。


「宇美殿……」


拳を握りしめ、上目遣いをする二階堂宇美がいた。


「ずいぶん仲がよさそうじゃない、お二人さん」


仲間外れにされた苛立ちからか、宇美は膨れ面をしている。


「もしかして後をつけてきたの? ご苦労様」


「うるせー! オレオ。あたしは、あたしは……、姫の第一の家来なんだ。勝手するんじゃねえよ」


宇美は涼子に語気荒く食ってかかるが、今にも泣き出しそうである。こんな時に本物の家来ではないなどと言い出せるわけがない。宇美を慰めるようにイルカは肩に手を置く。


「姫も姫だよ。こんな勝手な奴を家来にしようなんて」


「宇美殿だって賛成してたじゃないですか。本当は宇美殿だって涼子殿のことが好きな癖に」


宇美と涼子は反目しているように見えるが、これまで互いの足りない部分を補い合っている。これが友情でなくてなんと呼ぶのだろう。


「私はこいつに嫌われようと構わないのだけれど」


涼子の一見心ない言葉に、宇美はむっとする。イルカは二人を信じることしかできない。


「カッとなりやすい私にも非があったから、謝るわ。この通り」


涼子は真摯に頭を下げた。宇美は振りあげた拳をどう扱っていいかわからない。行き場のない感情をぶつけるように涼子に絡む。


「あたしはあんたがすげーって思ったから、誉めようとしただけじゃん。知られたくないものなら仕舞っておけばいいんだ」


「そうかもしれない。でも私は表現者だから。もうそこから逃げないことにする」


涼子はイルカを横目にしながら喋っている。まるで、容易く運命に屈さないイルカに後押しされたと言いたげだった。


少し見ない間に逞しくなった涼子に張り合うように、宇美は強く鼻をすすった。


「そう! じゃあ批評してやるから今度持ってきなさいよ」


「何故上から?」


二人はこれからもいがみ合うのだろうけど、その度に強い絆で結ばれるはずだ。たとえそこにイルカがいなくても。


雨降って地固まる。イルカはようやく一息つけた。


「それにしても宇美殿、見事な尾行でしたね。全然気づかなかったです」


「影が薄いですからあたし」


「犬みたい。もしかして匂いとか嗅いでる?」


涼子が冗談を言うと、宇美は気になることを言い出した。


「失礼な奴だな。なんかよくわかんないけど、姫から離れると膝が痛くなるんだよ最近」


膝と聞いて、イルカは目の色を変えた。


「膝? どんな風に」


「大したことないんだけど、うずくっていうか。もしかして病気かなあ、これ」


好奇心旺盛な涼子は、宇美の膝をいきなり叩いた。


「いてっ! 皿割れるよ」


「ごめん、脚気かと」


涼子は一通り宇美の膝を調べたが、異変の原因は掴めなかった。


「あ、姫の膝も時々光るよね」


宇美が突然イルカに話を振った。イルカのきれいな膝小僧に注目が集まる。隠す暇もない。


「恐らくあの時であろう。入学初日にあの宇美とかいう奴のスマホを直したではないか」


帰宅後、イルカは母に相談した。母に言われて思い出したが、宇美とぶつかってスマホを壊した際に、無意識に膝を使ってしまったのだ。宇美はイルカに声をかけられる前に、真の家来となっていた。


「嬉しそうだの」


母の光に照らされ、人体模型同人を開くイルカの顔はにやけていた、

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