∠22 体育の日


イルカと宇美は揃って青空の下に躍り出る。第二校舎裏の校庭には、統制無く動き回る生徒達の姿が散見された。


宝蔵院の授業は選択制だが、体育は必修科目だ。イルカたちは示し合わせて同じ時間の授業を受けている。


イルカは髪型をポニーテールに纏め、授業に備えていた。


一方、宇美は直らない寝癖を直そうとして授業に遅れそうになった経緯がある。


二人が校庭に到着して間もなく授業が始まる。中年の男性教師がホイッスルを元気に鳴らし、耳目を集めた。


「はい、二人組作って!」


イルカはそれを聞いた直後、体が強ばった。それでも宇美が隣にいるので動揺は少ない。


「姫って絶対運動苦手でしょ。大丈夫?」


「決めつけないでください。私だってやればできます」


奮起するも、しまい忘れたと思しき野球の球が転がっており、反射的に頭部を押さえる。説得力に欠け、宇美の失笑を誘った。


「いだだだだだだ!」


イルカはストレッチ運動で宇美の体を容赦なく責める。


「多少無理をしなくては体はほぐれませんよ、ほらほら」


「ほんと、まじむり、おごごご……」


互いに背中を合わせ、腕を組み、片方がもう片方の体を背負うように上体を折り曲げる。ストレッチは力任せにしても意味をなさない。イルカは悪い見本のようだった。


イルカは宇美を背負う最中、一人の女子生徒に目を留めた。彼女はペアを作らず手持ちぶさたにしている。


「そこの君! 何してる」


今まさにその孤独な生徒は体育教師に詰問されていた。


彼女が聞き取れないほどの小声で詫びているのが、イルカにはやりきれない。自分も過去同じ経験をしていた。


丁度宇美が気を失い、使いものにならなくなったので、ペアを申し出る。


「先生! 私がペアになります」


イルカは率先して彼女の元に走りより、いささか強引に手を取る。


「さあ、貴殿の相手は私です」


「……、だが断る」


小柄で眼鏡をかけたその少女の体操服には国木田という名字が書かれていた。イルカは拒否されてもめげない。 


「国木田……、殿。きちんとストレッチしないと怪我するかもしれませんよ」


「ああなるよりずっといい」


指さす先に、虫の息の宇美が横たわっていた。


「あ、あれは不慮の事故です。やさしくしますから」


「過失であることに変わりない。車で事故を起こした時も同じことを言うつもり?」


「まあそう言わず、国木田殿、一つ手合わせしましょ、国木田殿ー」


嬉しそうに絡むイルカの態度に、国木田は過敏に反応した。


「名字を連呼するな! なれなれしい」


「では下の名前を教えてください」


イルカの遠慮のなさに根負けし、国木田は下の名前を小さく告げる。


「国木田……、涼子」


イルカは胸の支えが下りたように軽やかな動きで、涼子に背中を預ける。涼子も逃げるわけにはいかなくなった。


涼子の体は宇美より軽く、背負うのはわけなかった。


「体かたいですよ。たまにはこうして動かさない、と」


「余計なお世話よ。お返ししてやる」


上下を入れ替え、攻守交代。涼子は力一杯イルカを跳ね上げた。


「これでどう?」


痛打に違いないと涼子は踏んでいたが、イルカはけろりとした顔で空を仰いでいた。


「お日様を直視できなくてよかった。ストレッチ気持ちいいですぅ」


「何て柔らかいの。このこの!」


涼子は躍起になってイルカを揺さぶるが、痛めつける効果はなさそうだった。


二人の無益なシーソーゲームに、業を煮やした担任が制止をかける。


「いつまでやってるんだ。仲がいいのはいいことだが準備はあくまで準備、集合!」


級友たちはとっくにストレッチを終えている。彼らの冷やかすような視線が、二人に容赦なく突き刺さる。


涼子を顔を真っ赤にして否定しようとするが、イルカは真逆なことを口走る。


「はい! 私たちは仲良しさんです」


宇美は身を起こし、犬猿の仲だった二人が嘘のように親密な姿に驚いた。


「な、何事!?」


そして知りたかった少女の本名が、いともたやすく判明したことに再び驚くことになる。

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