21/不思議な世界

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 宮澤ジョーは不可思議な空間に佇んでいた。


 牛人の暴力の中にいた喧騒はそこになく、ただ、寂しいばかりの静寂があった。


 世界の色は灰色で、ありていに言えばガラクタ置き場。ただ、散乱している存在は大きなものが多く、皆、どこかで知っているような姿をしていた。


 遠くには、この国の多くの人間も知っている異国の巨搭がそびえていて。


 見回せば、由緒ある寺院が。学校の教科書に載っている異国の大きな王の墓が。大陸に境界を引いた作られた道が。


 近代的なビルディングも観られるし、何やら動的なフォルムの兵器。洗練された尖塔。シンボリックな形状の巨大構築物。そう、構築物だ。この場所には、とても様々な人々に寄って作られた「構築物」が、時間・空間を問わず、雑多なままその光を失い、散乱している。


「右手に橋を。左手に塔を。胸にはほこら。私を作っていたのは、なぁに?」


 背後から妖艶な声がしたので振り向くと、そこには少女が浮遊していた。


 紫の髪を長く伸ばして、民族衣装を纏い、目を細めてジョーを見つめている。


 サラファン。その少女が着ている美しい刺繍ししゅうが施されたジャンパースカートのような民族衣装の呼称を自分が知っていることに、ジョー自身が驚いた。とあるくにの民族衣装である。


「ここは『構築物こうちくぶつ歴史れきし図書館としょかん』。図書館だから、ご入り用の構築物があれば、貸出ましてよ」


 浮遊する紫の髪の少女は、慇懃いんぎんな態度でそう告げる。


 そう言われても、実は言ってることはよく分からなかった。だが、自分が不可思議な現象と関わっているのは、牛人が現れたりアスミが火球を放ったりした時点で既に理解していた。そうだな。だとしたら、世界の方が不可思議なら、世界の一部である自分の方に、不可思議なことが起こらない、という道理がない。


「力を、探しているんだ。大事な人がピンチで」


 民族衣装、サラファンを纏った浮遊する少女は、こめかみに指をあてると、少し思案した後、


「それなら、あなたの横にある、ソレがいいと思います」


 と、指差した。


 少女がくるりと一回転すると、スカートのようなひらひらが優しく舞った。


 ジョーの横、一番近い場所にあるのは、古びた巨大な船だった。


 ただし、既に大きく破壊の跡が残ってもいる。これが「力」なのだろうか? と意識に過る。だが一方で、周囲の沢山の構築物に比べて、言い知れぬ存在感もまたこの船から感じてもいた。


「この世界はあなたの本質能力エッセンテティアですから、『始まり』の言葉はあなたが決めて下さい。その言葉を発した時が、その船を供にした、あなたの『次』の物語の始まりです」


 浮遊する少女はくるりときびすを返した。

 伝えることは伝えた、とでもいった風に。


「あのさ」

「まだ何か?」


 少女が振り返る。


「君のこと、何か懐かしい気がする」


 ここではない、どこかで。いつか、出会っていたような。


「巡る世界の中で。今も、これからも。困難があなたを挫こうとする時。あなたは決して一人ではないことを、忘れないで。そう、その上で、少しだけ私事を申し上げますなら……」


 少女は再び後ろに向き直り、遥か彼方まで続いている構築物達の方に向かって歩み始める。こんな言葉だけを残して。


「いつか私のことも思い出してくれたら、嬉しいですかね」


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