20/星空

 馬乗りのまま一つ鉄槌てっついの形に握った拳をジョーの顔に下すと、余興を入れるがごとく、自分の胸を叩いて見せたりする。


 そして牛人は、ジョーに暴力をふるいながら、アスミを見ていた。


「空瀬アスミ。今からお前の四肢を少しずつもいでやるぞ。オントロジカの在り処を素直に言わないと。苦しいぞ」


 何度目かの鉄槌が、ジョーに振り落とされる。かろうじて両腕で頭部への直撃はガードしているが、そもそも相手は遊んでいた。強者が、ジョーという取るに足らない弱者をいたぶっている。そして、アスミという獲物に興奮している。もう痛みもない。ただ、殴られる衝撃で揺れる頭を、他人事のように感じていた。どうやら俺は、ここで死にそうだ、と。


 意識が途切れる前に、その人を見ておきたかったのかもしれない。牛人の拳が振り下ろされる最中に、アスミの姿を追った。


 アスミは廊下の壁にもたれ掛かったまま、マッチ箱からマッチを取り出して、擦ろうとしていた。指に挟まれたマッチは一本で。ジョーは、その一本が燃え尽きることと、アスミという生命の終焉しゅうえんを重ねて幻視した。


 強者に敗れるのは、二回目か。あの夏の全中の日、畳に叩きつけられた感触を想起する。


 だが、次の瞬間、ジョーは気づいた。今日会った時から死んだ目をしていたアスミが、この状況でなお、瞳に何か意志を宿しているのを。


 自分を助けようとしてくれているのだ。残った自分の命の微かな余力で。


 夏の武道館の中で、気づいてしまったことがある。生きる過程の中で他人に勝利し栄えていく者と、生きる過程の中で途中で降りる、淘汰される側の者。そんな厳密な区分が、たぶんこの世界のルールで。


 でも何だろう。今、敗北者として殺されるジョーの気持ちは、少しあの夏の武道館の時とは違う。


 顔面に叩き落とされた牛人の太い腕を、防御を解いてゆっくりと掴んだ。


 醜い牛人の貌のずっと向こう側。天井があるはずなのに、見つめているのは満天の星空だった。こんな状況で、ある自分の本心に気づく。ジョーという人間は、別に、ずっとずっと、勝ち抜きたかったわけじゃなかった。


 世界が、ピンとくることと、ピンとこないことに別れていった。じゃあ、残ったピンとくることってなんだろう。そう考えた時に、星の光の奔流ほんりゅうの先に、アスミの姿があった。


(そうだな。彼女に傷ついて欲しくない。)


 誰かを打倒して勝ち抜くためだとかじゃなくて、アスミを守るためなら、ジョーはたぶんもうちょっとだけ、頑張れる。相手が、とても強い側の人間たちだとしてもだ。


 初めて至った素直な気持ち。ようやく、星の向こう側に手を伸ばすことに納得がいった。だから静かに力を願った。強者あいつらとは、違うカタチの力を。たぶん、自分一人の力ではない、自分をここに存在させるために、遠い所から、壊れては修復しての繰り返し、そうして何とか繋がってきたたぐいの力を。


 その時、天井の向こう、天上の彼方から、流星が降ってきた。


 流星の光が、ジョーの額に吸い込まれていく。


 誰から聞いた言葉だったのだろう。


 遠い児童時間に誰かに教えて貰った言葉のような気もするし。別に自分じゃない、遠い誰かが勝手に大事にしていただけの言葉のような気もする。


「『構築物コンストラクテッド・歴史図書館ヒストリア』」


 その言葉を口にした瞬間。ジョーの身体が紫色の光に包まれた。

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