17/闘い

「『世界せかい勝者しょうしゃ連盟れんめい』が三位、真実しんじつ牛人ぎゅうじんインヘルベリア!」


 牛人と化したインヘルベリア先生の再びの叫びと共に、波動が場を駆け抜ける。やがて、インヘルベリア先生。否、インヘルベリア牛人は、進藤真由美の胴体を無造作に掴んだまま、進行を開始する。進む先にいるのは、アスミだ! 捕食、という言葉がジョーの脳裏を過る。


 人間の移動とは異なる、猛牛の疾駆のごとき力強さで牛人は一気に間合いを詰めると、鋭い爪を備えた片腕を振りかぶり、アスミを薙ぎ払いにかかった。胴が折れ、爪が内臓に突き刺さり、そして存在を蹂躙じゅうりんされる。そんなイメージがジョーの脳裏を駆け巡った瞬間である。


 牛人の剛腕は、空を切っていた。


 時間が止まったかのように、少女の肢体が宙を舞っている。牛人の一撃を、華麗なバク宙でかわしたアスミが、静かな靴音で着地する。


 今度は、アスミの管楽器の声が響いた。


「『八百万やおよろずのロックンロール』」


 先ほど牛人から感じられた波動が、今度はアスミからも発せられる。ただ、先ほどのとは違い、今度のはどこか優しくて、そして不思議なことに色がついていることがジョーには分かった。紅蓮の赤色である。


 アスミは慣れた仕草でシュっとマッチを擦ると、三本の火種を宙に放った。火は燃えあがるとくるくるとアスミの回りを旋回し始める。昔怪談で伝え聞いた人魂のように。


「強大な存在変動律。何故、こんな東の果ての島国に?」


 牛人は驚き、しばし次の動作に躊躇する。


「さーて」


 アスミは二本の指を伸ばした手刀を作ると、ゆっくりと天にかざした。マッチから放たれた火球を、アスミがコントロールしているのがジョーには分かった。


「いい加減、進藤さんを放しなさい!」


 アスミが手刀を振り下ろすと、三つの火球が、それぞれ独特の軌道を取りながら牛人に向かっていく。そのスピードは、優れた野球投手の投球ほどに速い。


「ぐぬぁっ」


 苛烈な閃光と、炸裂音。アスミが放った火球を左腕で受けた牛人は、全身を激痛がほとばしったようだった。そこに隙ができた。


 いつの間にか牛人の下方にまで間合いを詰めていたアスミは、片足を無造作に牛人の胴にあてると、スっと、奴が右腕に抱えていた進藤真由美を抜き去った。


 そのまま、後方に跳躍し、弱き者を抱きかかえた騎士のように、気が行き届いた動作で進藤真由美を廊下に寝かせる。一瞬、安堵の表情がアスミに浮かぶ。


「アア! アア! 火の本質能力エッセンテティア! 忌々しいこと。肉体を駆使しない存在変動者は、いつだって小賢しい!」


 火傷を負った牛人はひとしきり喚き散らすと、つばをまき散らしながら口を大きく開いた。人の歯とは異なる、鋭利な牙が備わっている。


 アスミは立ち上がると、さらに複数のマッチを擦りながら、廊下の奥の方へと駆けていく。動作を大きくして自身の存在を牛人に印象づけているのは、相手の注意を進藤真由美から逸らそうとしているからなのがジョーには分かった。だがそれでは、危険はアスミに集中することも理解する。


加速連弾シュートっ」


 再びアスミが放った火球群が、牛人に向かう。しかも今度は火球がそれぞれに別の軌道を取って加速していく。あわや、その剛腕が届こうかという所までアスミに接近していた牛人は、今度は肩口を焼かれ、苦悶の表情を浮かべる。


 距離を取れるならば、アスミに分がある。まがりなりにも格闘技の一つである柔道の戦闘勘から、ジョーがそう判断しかけた時である。牛人は振りかぶった右腕を、アスミに届かないと判断するや否や、拳を握りしめ、強烈に廊下に叩きつけた。


「え?」


 アスミも、そして遠方から攻防を見ていたジョーも理解が遅れた。


 地面に埋め込まれた牛人の拳は廊下の土台そのものを突きぬけ、あろうことかこの三階のフロアの、地盤そのものを貫いていた。


 物理的な衝撃の波が左右に伝播する。軋み、唸りを上げながら、フロア自体が中心から崩壊していく。


 ジョーが走り出したのはその時だ。アスミには、届かない。


 だからせめて、アスミが守ろうとした進藤真由美を抱きかかえようとした。


 フロアが倒壊する最中、何とか意識を失っている進藤真由美を抱きしめた時、視界の遠方に映ったのは。牛人の返しの剛腕が撃ち込まれ、身体をくの字に折りながら喀血かっけつするアスミの姿だった。

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