266/広瀬川灯明邀撃戦線5~願いの大戦艦
虚海の彼方より現れし、無数の震災瓦礫――破壊された船たちをヴァルケニオンが視認する。
大王の「第三
十。
「存在誤謬者どもが! 貴様らの『不気味』ごと、焼き払ってくれる」
九。
ここで、「Y地区」に辿りついて以来、姿が見えなかった志麻が、アスミと背中合わせで姿を現す。
現在は中谷理華が預かっている能力――「操認」のリボンを解いて、隠していた身体を世界に
八。
志麻が姿を隠していたのは、時間をかせぐためであった。アスミとヴァルケニオンが対峙していた時間、極大能力行使のための詠唱を行っていたのだ。
七。
消滅の
大王が親指で空気を弾き、凝縮された指弾が志麻に向かって放たれる。
その空気の弾丸の威力は鉄の弾丸と遜色なく、命中すれば志麻を殺害するにいたるものであったが。
弾丸は志麻に至る前に止められた。
エッフェル塔が、立ちはだかったのだ。
異国の塔は、己の体を盾に変えて、志麻をかばった。
弾丸はエッフェル塔の肉体に突き刺さるも、志麻までは通り抜けない。
「志麻ちゃん!」
ありがとうは、後で言おう。今は前進。
憂いの少女に割り当てられた、世界を救うための、最後の役割だ。
ここが、山川志麻の大一番。
六。
志麻はヴァルケニオン本体よりも彼方を見つめて、叫んだ。
「『
志麻が言霊を唱えたのと。
「『
大王が「第三
残り、五秒。
ここからは、時間の概念は消滅する。
時間の概念がある正の世界と、ない負の世界は相互貫入し、めくるめく事象の全てが「境界の彼方」へと流転し始める。
まず、海岸に組み上げられていた櫓群が光を放ち。
次に虚海に現れた震災瓦礫たちが光を放ち。
そう、志麻の
今、「
――縁起の彼方よりきたれ、
一つの
一際大きく発光し、新たなる構築が完了すると、現れたるは。
――大きな戦艦であった。
数多の滅びから再構築された、巨大な滅びのIF(イフ)。
全長224.94メートル。
竣工当時は世界に7隻しか存在しなかった40cm砲を搭載した、ありし日のこの国の「戦艦」の概念の集積。
菊の御紋章が輝きし姿は同じにして、仮定の存在。
「主客を転換する」アスミの「
「昭和十八年に爆沈しなかった場合の戦艦陸奥」である。
この「虚構/現実」存在を仮に、戦艦陸奥・
真実の王を、東北の地――「陸奥」の地を滅ぼそうとする敵を、押しつぶせんとするように。
「
ここで、ヴァルケニオンも戦艦陸奥・朧に向かって飛翔。
ヴァルケニオンも既に、戦艦陸奥・朧が彼の第一
だから大王は、拳を天に向かって放った。
地球上でもっとも強いこの肉体で、幽性の大戦艦を破壊するのだ。
怒号と共に、大王は昇龍のごとき気勢で船下から戦艦陸奥・朧に突撃する。
下から、上まで、一気に貫通。
艦体から、衝撃波が周囲に拡散。その様子、空の機構兵器を迎撃ミサイルが貫通したがごとし。
ヴァルケニオンが船上まで抜けると、天空の戦艦陸奥・朧は振動し、ダメージの大きさを伺わせている。
しかし、この攻撃で戦艦は再び破砕されたのか。否、中央に大きな穴を穿たれながらも、その全体像は顕在であった。
ならば、「第三
流星は、ジョーだった。
それは、超光速の柔道の寝技のプロセスだった。
大王の右肩口に着地したジョーは、左足を大王の右脇の下に滑り込ませて、そのまま大王の首、肩、右腕を巻き込むように前方回転。
かつて、何度も反復練習した、「型」通りの技への入り方である。
回転を終えて体が伸びる頃には、大王の右腕の関節を決めながら、同時に肩を巻き込み、首を絞める体勢になっている。
入った技の呼称は、「三角絞め」である。
完全に決まれば、どんなに強靭な肉体を持つ者でもしばらくは動けない。
地球最強の肉体を、朧な少年の肉体が、わずかの間封じ込める。
(やってくれ、アスミ)
思念は
戦場――戦艦陸奥・朧を天に仰ぎながら。
地上では、宮澤アスミも彼女の能力――「
作戦「広瀬川灯明邀撃作戦」の
「S市」が戦場となるのは、ここまでだ。
アスミは両手を祈るように胸の前で合わせて、告げた。
「『重力のニュートンとアインシュタイン』」
「上と下」という概念を「相対化」した境地に至らせ、「世界観」を変更する――「重力」という自然の操作。
その時、戦艦陸奥・朧は、天、否、宇宙へと向かって高速上昇を開始した。
最後の戦いを行う者たちだけを乗せて、この世界から、遠くへ。遠くへ。
作戦では、彼女たちにできるのは、ここまで。
アスミたち――「非幸福者同盟」が使うことができるオントロジカのリソースは、宮澤新和・アンナ夫妻が集めていたもの、遠隔の地から助力してもらったもの、街の人たちから分けてもらったものも含めて全て、あとは、打ち上げられた戦艦陸奥・朧の上にいる
持ち得た光は、全て天に向かって飛翔してゆく。
ここに残った光たちは、残滓だ。
エッフェル塔が、淡く輝きながら、その存在を明滅させる。
先ほどの大王の指弾によるダメージではない。「擬人化」状態のエッフェル塔という存在を成立させるために割りあてられたオントロジカが、本当にもう尽きる時がきたのだ。
別れの時が、きた。
自分にできることをやり切った志麻は、顔を上げて。
「私はいつか、エッフェル塔さんのようになれますか?」
「私のように、なってもならなくてもイイけど。この世界の木漏れ日の中で、自然と志麻ちゃんの足が向かおうとする方向へ、あなたが自由に歩みだしていけるように生きていけるようだったら。お姉さんは、ちょっとだけ嬉しいかな」
それが、山川志麻とエッフェル塔が最後に交わした言葉で。
劇的と錯覚した出会いは、いつか必然の日常の延長だったのだと気づいて。
離れていても、エッフェル塔さんは志麻のすぐ近くにいる。
何故だかそんな確信を抱いて、志麻はまばゆい光の中へと「帰って」ゆくエッフェル塔に向けて、朗らかな微笑を向けるのだった。
山川志麻の、少女でも大人でもなかった頃の物語。続くことがあるのなら、この廻る世界のどこかで、紡がれますように。
志麻は、
一方、陸奥――陽毬も穏やかな光に包まれていた。
しかし、こちらは少し、エッフェル塔とは事情が違うようで。
「アスミさん。私の物語はここでフィナーレではあるのですが」
「陽毬さん」
「なんとも、私は二重存在。重なる二つの輪のもう一つが、まだ『世界の先』を志向しておりますゆえ。私には、もう少しだけやることがあるのです」
「もう少しだけ、手伝ってくれるの?」
陽毬は首肯した。
「じゃあ、行きましょうか。
陽毬は、唇の端をあげると、天にむかって唱えた。
「もうちょっとだけ、続くんじゃ!」
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