227/志麻とアスミ

 ジョーとの通話を終えて志麻が戻ると、アスミの部屋からか細い声がした。


「し、?」


 ベッドの上のアスミがゆっくりと上体を起こす。再び認識阻害の藍色のリボンを付けても、既に義体の期限が近いからだろうか。人間としてのアスミの姿と人形としてのアスミの姿は境界が曖昧で、認識する側――志麻側の意識のフとした加減で、観測なれていた方のアスミの姿は、観なれぬ、否、なるべく観ないようにしてきた方の人形としてのアスミの姿に反転した。


 否応なしに「存在」というものの不安定さが突きつけられる。


 アスミの胸には包帯が巻かれていて、真実大王によって穿たれた穴を隠している。


「どこ行ってたの? 理華りかもいつの間にかいなくなっちゃうし」

「宮澤君から電話がきてね」

「ジョー君?」

「アスミ。事情が変わったから。私、ちょっと旅支度に一回自宅に戻るわね」

「どういう、こと?」


 アスミは困惑の表情を見せた。


 アスミという存在が不安に満ちている。死ぬことが怖いということそれ以上に、最後の時までに、誰も側にいないのは寂しい。この世界に独りで生まれてきて、独りで消えていく。全てと分断されていた。そんな結末だけは、怖いとでもいうように。


 志麻は優しくアスミを抱きしめた。


「大丈夫、よ。ずっと一緒にいるために、ちょっと準備をしてくるだけだから。また、戻ってくるから」


 人形の体だとしても、アスミは温かいと感じた。こんな自分の胸にも少しは温もりというものがあるのは、かなりの部分をアスミから分けて貰ったからだ。そんなことを考えると、志麻という存在とアスミという存在の境界も曖昧なものに思えてくる。


「『機構的なリ・エンゲー再契約ジメント』」


 愛を込めて、志麻は「半分だけ」本質能力エッセンテティアを発動させ、アスミという存在の構造を知悉ちしつした。


 アスミの義体の成り立ち・現在のあり方を丁寧に理解し、志麻が思い描く未来と照らし合わせた結論は。


(理論上は、可能だ)


 しかしやはり本物を。人形師・空瀬アリカが実際に作ったホンモノを参照する必要がある。


 志麻はアスミの身体を放すと。


「誕生日に、プレゼントをあげられると思うから」


 アスミは、先ほどよりも少し落ち着いてきていた。


「旅支度って、何処へ行くの?」

「スロヴェニアよ」

「またその国の名前。『構築物コンストラクテッド・歴史図書館ヒストリア』で出会った紫の女の子も言ってた。そこに、私の何があるの?」


 それは形容するなら、不可思議な「存在」に意味を与える類のものだろう。ポエミーで少女趣味な面がある志麻の語彙なりに表現するなら。


「『愛』がある場所よ」


 アスミは深く息を吐いた。


「あんた、時々真顔でそういう言葉使う」


 アスミの突っ込みも今はあんまり気にならない。全部言っておこう。


「今度は私がアスミを守るから」

「遠い、わ」


 アスミは目の前の志麻を見るというより、これまで自分が見てきた過去の世界を振り返るように視線を虚空に落として。


「だいたい、近くて安易な辺りで辻褄合わせ。コストがかかることなんて誰も望まない最近なのに。なんだって、私なんかのためにそこまで?」


 アスミと自分との間にあった、面白い出来事をフと思い出した。妙に凝った料理を二人で作り始めて、結果なんだかエキセントリックな味になってしまったのを、反省会をしながら食べたり。リンクドゥで面白画像を送ってみたら、返信で返ってきた言葉が、ユーモラスで切れ味があって、嫌な事忘れるくらい笑ったり。


 あ、今度は私から言えた。


「友達だから?」

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