• 非幸福者同盟

  • 第十一話「君の名前は」(前編)
  • 222/過去編――一九五八年・二~旅立ち

222/過去編――一九五八年・二~旅立ち

 過去編――一九五八年・二/


 S市には、三つの古い武家がある。


 弓村ゆみむら甲剣こうけん槍間そうま


 実戦の技術としての「術」から、時代の流れに適応するための「道」へ。その変化の過程を誠実に生きる家々。多くの街の人達は三家をそう認識していた。


 しかし、建前と本音、表と裏が存在するのがこの国の常である。複雑な絵から一本の真実の線を見抜く眼力を備えていた新和は、三つの家の隠れた本質を既に捉えていた。


(彼らは、人間の認識に干渉するすべを持っている)


 映認えいにんの弓村。破認はにんの甲剣。操認そうにんの槍間。三家とも、歴史の奔流の中で、それぞれに伝承されるその本質たる「奥義」を次の時代に生かすことこそを望んでいた。


(おそらくは僕と同じように、早い時期に「不思議な力」の一旦に目覚めた一族たちなのだ)


 お互いが現在の世界では異質な存在である。互恵関係は早くに成立し、新和は三家のうちの一家・槍間の協力を得るに至った。


 まだ幼い自分が、そして東洋人である自分が、卓越した実力だけで正統に評価されるような世の中になるのは、まだまだ先の話だろう。


(何しろ、僕は片隅の島国の十二歳だからな)


 同じ言葉。同じ肌の色。同じイデオロギー。そういうもので「仲間」を括り、他を排斥することで精神の安定を保つ。そんな現在のまだ至らない世界に、少し切なくなる。人類がそういった観念から解き放たれるのはいつになるのだろう。分かっているのは、待っているだけではダメだということだ。リミットがある話なのだ。他の勢力が有利になる前に、人類救済の計画は進めていかなくてはならない。


 ソビエト連邦で進展の先を目指すと決めた。ならば、現行の世界では、自分もソビエト連邦に合わせた外装を身に着けていた方が、都合がイイ。


 密航船が待つ港に赴く途上で、新和は「操認」の槍間から受け取った紫のリボンを髪につけた。


 たちまち、少なくとも外部から認識される点においては、新和の外見は成人のロシア人のそれになった。真っ直ぐな黒髪は軽くウェーブがかかった栗毛に。漆黒だった瞳がより深淵な色合いを携えるように。顔の堀は深く。肌の色素は薄く。外部から認識される新和は、もう幼い子供じゃない。大きく頑丈な身体に、知的な風情の美丈夫びじょうぶだ。


(名前も、変えた方がイイな)


 あちらのお国では、ありふれた名前でいいだろう。じゃあ。



――スヴャト。



 この時はまだ、父と母がくれた名前を捨てる意味に、少年は気づいていない。


 進展を目指して少年は天に吼える。


「宮澤新和にさようなら。今日から僕は、スヴャトポルクだ!」



  /過去編――一九五八年・二

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