206/終わる奇跡

(なんでこんな時に、彼女の気持ちを乱すようなことを)


 それでも、ジョーは納得することができなかった。


 女子に対して、面と向かって声を荒げるのも、ジョーには経験のないことだった。


「どうして! 自分が犠牲になるようなことを!」


 アスミは虚を突かれたように目を見開いた。しかし、驚いたのもつかの間。やがて感情の起伏を見せずに、ジョーの言い分を待った。


「十三体目の義体がないだって? 何か、手はあるはずだ」


 強い調子で言葉を口にしても、どこかで道化の自分を、外から冷静な自分が見ている。


(最低だ。俺。ほいほい、人生を生きる体の代わりなんて、あるはずがない)


 アスミはゆっくりと左手をジョーに向けてかざした。薬指に、ペデストリアンデッキでジョーが幻視した指輪がはめられていた。


「『儀式』の方法をまだ説明してなかったわね。この指輪をね。古い義体から、新しい義体にはめ換えると、『再臨』が行われるの。でもね、お母さんの能力は人間と紙一重の人形を作ることまで。『たましい』を移し替える能力なんて、ないの。このオントロジカを宿していた指輪の出自は不明。たぶん、この指輪こそが、私達親子に与えられた奇跡だったんだわ。


 でもね。最近のジョー君なら見えるんじゃない。この指輪に、オントロジカは残っていて?」


 ジョーは目を凝らしたが、大巨神の中の蝶女王の微細な色を。あるいは百色ちゃんの存在を感じ取れたジョーを持ってしても、指輪から何色の光をも見てとることができなかった。


「やっぱり、去り際のお母さんが言っていた通り。『私』に割りあてられたオントロジカはもう切れているのよ。それはそう。その分のキセキは、次は別な人に割り振られるべきだし。だから、仮に十三体目の義体の代わりになる何かが見つかったと仮定しても。もう、『再臨』は、できないの」


 アスミの諦めが、ジョーに伝播し始める。それに抗うように、必死に声を出す。だけど。


「諦めちゃ、ダメだ」


(――空虚だ。

 ――諦めなければ願いは叶うのか?

 ――突然に。暴力的に。失うのだろう。俺、知ってるよ)


 身体が、震えはじめていた。


「ジョー君。怒ってる? やっぱり私が、騙していたから?」


 その点に関してだけは、否定する。


「違う! それは、驚いたけど。アスミはこうして心があって。言葉を話して。それは、生きてる。身体がどうかは、気にしない」


 強い感情の光が、場に走る。今度はアスミが、声を荒げたのだ。


「気にするよ!」


 アスミも震えていた。


 こんなアスミは初めて見た。


「ジョー君なんて、頑丈な自分の体を持って。優しい家族がいて。私の何が分かるの?」


 アスミという存在は人ではないのかもしれないけれど、涙を流していた。


「ゴメン。私、カッコわるい」


 アスミはかすれる声を振り絞った。


「でも、胸に穴も空いてる。そんなに、受けとめきれないよ」

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