188/四号公園
陸奥が幾ばくかの時間を稼いでくれたためでもある。三人を乗せたフェラーリは、大王に追いつかれる前に、四号公園に到着した。アスミによれば、少しばかりこちらに有利な準備がある公園らしいが。
国道沿いの小規模の公園である。ジョーはまず、現在中に人がいないことを確認する。見えるのは、数点の錆びついた遊具。ベンチ。街灯。水飲み場。そんな所だ。市中心部の栄えている
フェラーリからジョーとアスミが降りると、すぐに脅威はやってきた。残された打てる手は限られている。公園の中心にジョーが、入り口付近に志麻がフェラーリと共に陣取り、アスミはその中間くらいに位置取って敵を迎える。
大王は、どのような準備が施されていようと、意にかえさないといった風情で、国道から大きく跳躍すると、直接公園の中心に降り立ってきた。ジョーとの距離は、正面から対峙して十メートル。その鍛え抜かれた筋肉の鎧と、なびく黄金の髪は、実際の身長差以上に、ジョーよりも巨大な存在であると感じさせる。
「死ね。貴様に残されているものも。この街の全てのオントロジカも、我が手に入れ、より良い世界のために使ってやる」
大王の言葉は確信に満ちている。己が、己の言葉を誰よりも信じ抜いている。
ジョー達が最後の攻撃を仕掛ける前の、僅かな問答。
「世界は0.1パーセントの優れた人間のためにあるって。それ以外はどうでもいいって、本当にそう思ってるのか」
「思う、思わないの問題ではない。この世界が有している、真実性の問題なのだ。現行世界が、間違っている。真実性とはほど遠い世界だということは、貴様とて感じているはずだ」
そう前置きして、大王は語り始めた。
「間違った世界を一掃し、正す必要がある。
「だから陸奥も、街の人も殺したっていうのか」
「そうだ。古に敗北した戦艦は、もうこの世界には必要ない。一定以上の幸福も喜びも生み出さない偏角の市民も、消えた方がイイ。そんな存在に割り当てられた食糧は、金は、オントロジカは、より優れた人間が使った方が世界のためだ。我は、真実を体現する王だ。消え去る方が正しい存在には、消え去ってもらう。我は、その審判を任された人間なのだ。そして、思っている以上に、消えた方が世界のためになる存在は多い。小僧、貴様も、後ろの女たちも、みなその類だ」
言い切った真実大王の言葉は、ジョーにある種の内省を促した。劣った商品よりは優れた商品が欲しいとか。弱い人間を倒しながら、競争の勝者を目指すとか。そういった営みに喜びを感じる感覚は、自分の中にもあった気がしたのだ。
「私は、そうは思わないわ」
僅かに
「あなたの言う消え去る側の人間が灯してくれた……取り戻してくれた街明りを、私は綺麗だと思ったもの」
「エルヘンカディアの報告にあった、誤謬人間か」
大王は大きな眼でギョロリとアスミを一睨みすると、ジョーに背を向けて、アスミに向かって歩を進め始めた。
「貴様など、まさに消え去らねばならない存在だ!」
大王は、腹の底から声を出して、魂の核から怒りを感じているようだ。彼の言う『真実性』にそぐわない存在が、如何に悪であるか。この世界の間違いの真因が、アスミが存在していることにあるかのように、今にも噛み殺さんとする気概を放つ。
ジョーはゆっくりと左手を天に掲げた。どんな真実の暴風の前でも、揺らいだり、脆かったりする自分の心の中でも、ソレは消すわけにはいかなかったから。どんなに積み重ねても、全ては一瞬で壊れ去ってしまう。そう痛感した夜に、心が絶望に染まる前に、ジョーを照らしてくれていた僅かな光が、ジョーにとってのアスミという存在であったから。今もそうであるから。
今は、同盟国の戦艦が援軍に来てくれることはなくとも。彼の地にあと一つだけ、自分たちのことを認めてくれる存在の宛てがあった。
四号公園上空。掲げた掌の先に、紫の立体魔法陣が現れる。
「力を貸してくれ、エッフェル搭!」
ジョーは叫んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます