第九話「サヨナラの音」

182/覚えていてくれる人

 第九話「サヨナラの音」


汚辱おじょく! スヴャトポルクは、清く、正しく、美しく作られたこの世界に、泥を浴びせる人間であった!」


 真実大王の声は憤りに満ちている。黄金の髪をなびかせ、今にも獅子が獲物に飛びかからんとする勢いでジョーに向かって歩を進めてくる。


 戦場の中、ジョーの思考に混乱がもたらされる。自分にとって無条件で信用がおけるはずの人間――母親が口にするのを忌避した名前が、敵によってもたらされた。そうだ、スヴャトのフルネームはスヴャトポルク。ソ連の人だった。 ソビエト連邦? そんな国は、今はもうない。どういうことだ?


 続いて、左手首の昇竜のアザが再び痛む。こんな時に。


「下がってくださいっ」


 内と外から、自分の中心を脅かされていたジョーの元に、陸奥むつの凛とした声が響く。窮状にある時は、自分の感覚も変わるからだろうか。これまで年下の可愛い少女といった印象だった陸奥が、今は自分が知らない長い時間を過ごしてきた先立せんだちのように頼もしく感じられる。


 さらに場に木霊する、こちらもジョーの胸に温かさをくれる声。


「『八百万やおよろずのロックンロール』」


 マッチ棒が回転しながら、小さな花火となって、大王の頭上に降り注いでいた。彼女が操る火炎は、この状況でもある種の美しさを兼ね備えている。


(ふぅ)


 ゆっくりと息を吐き出す。陸奥だけではない。アスミも、志麻しまもいる。どうも、不安や混乱には、自分のことを覚えてくれている人の存在が、効くらしい。背後に志麻が駆るスポーツカーで到着したアスミを背に、ジョーは左手首が発生源の痛みを気合で抑え込み、再び大王に向き合った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る