174/世界の秘密

 アスミは「構築物の歴史図書館」内にて、リュブリャナ城を背景に、紫の髪の少女と対峙していた。この少女、司書「代行」ということは、何処かに本当の司書もいるのだろうか。


「世界の危機、というのはつまり、オントロジカの収奪が始まっているということに関して? やってくる真実大王に世界中のオントロジカが収奪し尽くされてしまったら、『奇跡』の恩恵が受けられなくなった数多の人々にとって、世界の終わりを意味する、と?」


 アスミは自分が把握している情報を元に推論を働かせ、紫の少女の言葉を解読しようと試みる。


「そういう側面もあります。しかし、私が言う『世界の危機』とは、もう少し根が深いものです。つまりそう、このままではもう間もなく、世界中の人間の認識が変わってしまうということです。世界中の人間の認識が変わるということは、現行の人類が構築した世界は終焉を迎えるのと同義です」


 アスミは、不思議とこの紫の少女とは波長が合うのを感じた。アスミが同年代の者達とは得られなかったもの。フルスピードで思考し、言葉を作り上げて発しても、この紫の少女は容易たやすく受け取って、ポンポンとキャッチボールをしてくれる。


「オントロジカの存在が世界中に明らかになれば、そういう側面はあるでしょうね。でも、それが世界の終焉というようなネガティブなものなのかは、一概に言えないわ。それは、世界の進展なのかもしれないじゃない」


 紫の少女は瞳を大きく開くと、アスミの言葉を受け取り、話を核心に進め始めた。


「そう、それが『わたし』の存在意義でもありました。世界の進展への貢献。それは現行人類の至上命題でもありました。しかし人類の認識から零れ落ちていた事柄があります。その進展の背後で、犠牲になっていた数多の存在についてです。それらを忘却することで、現行世界はかろうじて成り立っていました。しかし……」


 紫の少女の話は、遠大なものから、アスミにとって身近な人間の話へと収束していく。


「宮澤ジョーさんが『わたし』という進展の力を使う時、彼はその零れ落ちた存在達に目を向けてしまうでしょう。すると、どうなるか。封印が解かれるのです。この世界に生きる人類達の認識に、忘却された存在達が浮かび上がることになります。自分たちを認識しながら進展していく世界を、ジョーさんを、忘却された存在達は許さないでしょう。それが世界の終焉の始まりです。宮澤ジョーさんとは、『構築物の歴史図書館』を引き継いだ時点で、そうした忘却された存在達の『呪い』をも引き継いでいる人なのです」


 世界の秘密に関する話は終わった。紫の少女の話が本当のことだとしてだ。アスミは問いかけた。


「どうして、そんな話を私に?」


 この不思議な世界に招き入れてまで。そんな話を聞かされても、自分はもう間もなく消えてしまう身なのに、と。


「どうしてあなたなのか。その理由を告げる前に、大事なことを確認しておかなくてはなりません。アスミさんは、宮澤ジョーさんをどう思っていますか?」


 それは、言葉にしなくてはならない類の事柄なのか。


 思えばアスミは、自分の身体のこと、母親のこと、志麻のこと、そしてジョーのこと。曖昧にしておく間は周囲を傷つけないで済むがゆえに、敢えて明確な形で認識したり、その認識に基づいて積極的に働きかけたりするのを遠ざけてきた。それは、繊細な事柄なので、暴力的に分かりやすい形に当てはめたくないって事でもあったのだけど。そうか、真顔で誠実に紫の少女に問われて、自分なりにそのグラデーションを、丁寧に言葉に落とし込まなくてはならない時が来たのだと思った。


「そうね。一見茫洋ぼうようとした感じだけど、心の一番大事な場所に、強い核心のようなものを持ってる人」


 そのコアのようなものは綺麗だと思ってる。でも、丁寧に本心を伝えるなら、率直にこう付け加えておく必要もある。


「でもちょっと、もろい。人の弱さとかに、寄り添い過ぎていて」


 カレンを傷つけた上級生に向かって行く時とか。蝶女王を助けるって言った時とか。実はちょっと、胸がズキンとしてた。


「だからなのかな、家族をとても大事に想ってるわ。そういう所は……」


 思わず『好き』と言いかけて、アスミは言葉をチューニングするように言いなおした。


「好感を持ってるわ」


 今、言葉にできるのはこんな所だろう。紫の少女は、世界の終焉の話であるとか、ソレに何か自分が関わっているらしいとか。そういう外部からの干渉は除外して、アスミの素に委ねるという態度を崩さなかったので、アスミはあるがままの気持ちで応えた。


 その時、張り詰めていた紫の少女の表情が、少しだけ緩んだ。


「あなたは、私に少し似ていますね」


 紫の少女は、本来ならばリュブリャナの街並みを一望できるという、丘と空の境界線に向かって歩き始める。


「さて。他ならぬあなたである理由ですが、最後の留保期間の後にしましょう。選ぶ、ということは当人の意志だけではなく、様々な他人との巡り合いとの中で成されていくものだから、あなたが全てを決めることができるかは分からないけれど。それでも私は、最終的にはあなたに任せたいと思っています」


 そう告げて紫の髪の少女は浮遊すると、境界を越えて、今は見えないリュブリャナの街並みに落ちていかんとするように、その場から消えていった。


 アスミに任せる。


 紫の少女は父と同じ事を言う。けれども、少しだけ『決断』に関する捉え方が、父とは違っているようにアスミには感じられた。

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