142/七夕の日

 商店街の通りでは、当日の朝となってもなお、七夕飾りの準備をしている人達が目に留まる。既に立てられている笹。今まさに立てられている笹。そんな風景の中を、ジョーはアスミとの待ち合わせ場所の図書館に向かって歩いて行く。


 本日は、日付的には八月六日である。


 七夕というと、一般的には七月七日であるが、全国的にも有名なS市の七夕祭りは伝統的に旧暦に一ヶ月足した中歴を採用しているため、S市の市民としては、七夕といえば八月六日から八月八日までのお祭りの期間という感覚に子供の頃から馴染んでいる。


 図書館前の休憩スペースに到着すると、アスミの方が先に来ていた。図書館の入口付近も七夕仕様になっており、しなる笹の緑に色とりどりの七夕飾り、その中にフレアのスカートに襟付きブラウスという姿で、アスミはベンチに座って宙を見つめている。横にはボディバックとミネラルウォーターのペットボトルが一本置いてある。


「また、ジョー君とこの図書館に来ていた頃のことを思い出していたのだけど」


 既に百色ちゃん関連の話はリンクドゥでアスミにも伝えていたが、アスミの開口一番の話題はこの場所での昔の話だった。


「ジョー君と一緒に読んだ本で、タイトルが思い出せないやつがあるの。夜中に子供達で家の屋根に上がって宇宙そらを見上げるお話。何だったっけ? 満天の星空のイメージが、記憶に残っているのだけど」

「ああ、あったな。アスミ、主人公の弟がカッコいいって言ってた。んー、ちょっと俺も今すぐは思い出せないな」


 付記すると、影響されて俺達も夜中にどこかの家の屋根に上ろうかなんて話にもなった気がする。結局実現はしなかったけれど。


「フとしたきっかけで思い出しそうな気もする。出てきたら教えるよ」

「お願い。何だか無性にもう一回読んでみたいと思って」


 そう言ってアスミはボディバッグに水をしまって立ち上がった。


「なになに。何の話?」


 振り返れば、トタトタと小走りで志麻が近づいてくる。こちらはフワっとした白のワンピースに同色の日よけの帽子。そしてサングラスという装いである。


「何でもないわ。人間の記憶って頼りないものねって。そんな話よ」

「ふーん?」


 志麻はジョーとアスミの様子を探るようにサングラス越しに目を動かして二人を交互に見たが、ジョーとしても特段詳しく解説するような話でもないと思い、無言のまま先に立ったアスミを追って歩き始めた。


「さ、その妖怪なのかゆるキャラなのか? みたいな話。確かめに行きましょう」


 そう言って先行するアスミに、志麻も追い付いてくる。


 七夕の日の午前中。太陽の光は元気に下界を照らし、本日は様々な飾り物に彩られた街を、鮮明に描破していた。

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