第七話「百色の七夕」(幕間エピソード)

140/トゥ・ザ・モラトリアム

 第七話「百色の七夕」


 何かにつけて、余裕を奪おうとしてくる力が働いている最近の世界ではあるけれども。


 例えば、学業において定期試験が終わった後の、少しの試験休みの間とか。


 あるいは、仕事で大きいプロジェクトが一区切りついた後に、その次が始まるまでにしばらく有給を取ってみた期間とか。


 フとしたきっかけで、ちょっとした猶予期間。モラトリアムな期間が生まれることはあるものである。


 さて、まずは今回、ジョーとアスミと志麻しまに少しの猶予期間が生まれたいきさつはと言うと……。


  ◇◇◇


 時は少し遡り、大巨神だいきょしんとの戦いに決着が付いた夜明けの愛護あいご大橋の下にて。


 ジョーとアスミと志麻は、担架に乗せられたちょう女王、エルヘンカディアに視線を向けていた。


 今回彼女に応急処置を施し、移送の車両まで手配しているのは、以前ジョーもアスミ達から聞いたこの街の「守人もりびとにも襲来者にも加担はしないが、まだオントロジカの存在が社会におおやけになるのは早いと考えている人々」の組織らしい。場にはいくつかの所属を異にする人々が訪れ戦いの後始末に奔走ほんそうしていたが、特に今回独自のルートで負傷者を医療機関に運んでくれるのは、ジョーも聞いたことがあるこの街の宗教的な活動をしている集団の人達だった。日常と非日常は、すぐそこまで近接している。


 涙を流しきった後、エルヘンカディアは三人に声をかけてきた。


「一つだけ、返礼としてお伝えしておきましょう。我々『世界勝者連盟』について。私達はおそらくあなた達が思っているほど大きな組織ではありません。拠点もなく、構成員の在籍地、人種、国籍、性別も様々。世界の革命を遂行するために活動している少数の存在変動者の連帯をそう呼称しているだけです。メンバーには序列がありますが、私は二位。つまり、あと一人最も強い人間がいます」


 エルヘンカディアの言葉に嘘はないように思われた。ジョー達に思わず助けられてしまったという状況に、彼女自身が戸惑いを感じているのかもしれない。その整理できない心情なりに、先ほどまで戦っていた相手に偽りなき情報を提供することを、全てを失った彼女は選んでいる。


「第一位の男の名前コード・ネームは、『真実しんじつ大王だいおう』。私が敗れた時点から、二週間の後にその場に襲来する手はずになっています。その意味で、あなた達は束の間、この街の延命を行っただけなのかもしれません」


 二週間というと、ちょうどお盆の頃である。東京などの大都市から帰省してくる人々で、S市の人口も増える時期だ。これはまた何か対策を考えなければならないと思い至る。最も、その手の準備はアスミと志麻が主に担当するだろうけれども。


「望まないが、やってくるって言うんなら、また迎撃するさ」


 本当はエルヘンカディアにも当初試みようと思った通り、話し合いで解決できれば良いのだがと思う。だが、今宵の彼女との戦争の苛烈さを思い出すに、そういう考え自体が甘いのかもしれない。


 ジョーの返答に、エルヘンカディアはゆっくりと首を横に振った。


「彼。真実大王の本質エッセン能力テティア名は、『地球最強ザ・ストロンの存在ゲスト・マン』。彼には誰も勝てないのです。本当に自分たちの命を大事だと思うなら、この二週間でこの場所から逃げる準備を進めて下さい」


 救急車両の中へと運ばれていくエルヘンカディアに、最後にアスミが声をかけた。


「特定の場に依存しないっていう、今風の人達だったのね。でも、悪いけどそれはできないわ。あなた達のような人には分からないかもしれないけれど。こんな国のこんな片隅の街でも、途切れずに積み重なってきたものがあるから。そう簡単に捨てる訳にはいかないのよ」


 アスミに、敗者のていとなったエルヘンカディアを糾弾するような素振りは見られない。とはいえ一方で、こちらのことを譲るつもりもない、というブレなさも感じられる。


 やがて、発車していく救急車両を見送ってから、三人で顔を合わせる。


 二週間か。その間に、迎撃するために準備をしておく必要があるだろう。打てる手は打っておく必要がある。


 一方で、打てる手を打ったら、二週間というのは少し余りの時間が生まれる期間でもある。


 この夏の最後の戦いが始まるのは、もう少しだけ先の話。


 今回は、ちょっとだけ生まれた猶予期間にどんなことがあったのか。


 そんな肩の力を抜いた時間を綴った、フワっとした話だ。

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