116/収奪構造

「『ハニヤ』の持続時間、たぶん後三分くらい、いけるかしらね」


 ガンディーラの両肩に乗ったアスミと志麻は、残る大怪人テンマに最後の攻撃を仕掛けようと身構えていた。アスミが撃ち放った『ハニヤ』の白熱球が次第に萎み、いよいよその攻撃に耐えきった大怪人テンマの姿が現れる。腕をだらりと下げているのは攻撃が効いているのか? どちらにしろ、志麻に出来るのはこの局面に入った以上、ハニヤを使ったアスミの攻撃を残されたガンディーラの力で援護するだけだ。今までも二人でやってきた。やれるはずだと気勢を入れ直す。


 しかし、アスミよりも先に志麻が気付いた。大怪人テンマの背中に、十一本の光の糸が集まっていること。そして、蝶女王がアスミの大光球の攻撃に耐えている間、何かを唱え続けていたこと。


「アスミ、防御っ」


 場に、ドクンと巨大な生物の心音が響いた気がした。


 同時に、蝶女王と大怪人テンマがいた結界の端から、衝撃波が伝播してくる。アスミはハニヤの光で、志麻はガンディーラの腕でその第一波を防御する。


「何?」


 衝撃波が一旦過ぎ去ると、次は、場に静寂が訪れた。遠くで炎だけがゆらゆらと赤く燃えている。


「『女王のクイーンズ・搾取権限ストラクチャー』」


 静かに、蝶女王の声が響いてくる。


「結局は愚鈍だったあなた達へ。富を、力を、情報を、そしてオントロジカを、上位0.1パーセントの人間に集中させるべきだと言った意味、教えて差し上げます」


 羽のような形状で集まっていた十一本のオントロジカの光の糸が、大怪人テンマの背中に吸収されると、テンマの肉体は鳴動を始め、蠢きながら変化を始めた。太く長い脚が、腕が、より太く、より長く。体を形成する骨が、筋肉がより猛々しく。体が強く、強く、より大きく、大きく。身体全体の色さえも黄土色から灰色に変化する頃、せいぜい十メートル級だった大怪人テンマは、恐ろしい変化を遂げていた。現れたるのはガンディーラの三十メートル級すらもゆうに凌駕する五十メートル級。以前よりも人型に近づきつつ、存在全てがより強く、より速く、より大きくを志向せんとするようなその姿は、大怪人ならぬ大巨人テンマであった。


 蝶女王の能力によって魅了され、収奪されたこの街で優れた上位十一人の男のオントロジカは収奪され、ここに集まっている。そして、その十一人にそれぞれ惹かれていた数多の街の人々のオントロジカもまた収奪され、ここに集まっている。つまりは、蝶女王が収奪して回ったこの街のオントロジカの全てが、この大巨人テンマに集まっている。


 蝶女王は満ち足りていた。数多の衆愚から収奪した富を、資源を、価値を、オントロジカを、この世界の何もかもを最も優れた一体に集中させ、その有資格者たる一体が、衆愚に満ちた世界を破壊し、より真実性に則した世界へと一新せんと進んでいく。それは、蝶女王の理想であった。


「さあ、『この街で最も優れた男』よ。愚鈍なる世界を。そんな世界を守ろうとする愚者を。真実からあぶれた誤謬者を。淘汰なさい!」


 アスミと志麻は、大巨人テンマから発せられた最初の衝撃波だけで態勢を崩されていた。まだ接触すらしていないのにこの重圧。いよいよ大巨人の剛腕が襲い来るのだとしたら、果たしていかに対抗できるのか。


 しかし、志麻が茫然と現れた大巨人を見上げていた時、大巨人の剛腕が落とされるよりも先に、聞き慣れない声が場に響いた。


「この時を、待っていたぞ」


 お腹の底に重く響いてくるような声であった。


 誰が? そして何が? 志麻の意識は空白になる。ただ少し、何か現実とはズレているような感覚を覚える意識で、目の前で起こっている事実だけを認識する。大巨人テンマは、ピーナツでもつまむように親指と人差し指で肩に乗っていた蝶女王を挟むと、おもむろに口の中に放り込んでしまったのだ。


「どういう、ことです?」


 蝶女王が残した言葉は、本当に自分に何が起こったのか分からないというような、どこか白けたものだった。女王と名乗ったその力も、美しさも、魂の強さも、散々に志麻を揺さぶった言葉も、もはや大巨人の口の中だった。飲み込まれる最中、蝶女王は外に向かって手を伸ばしたように見えた。しかしその手を取る者はなく、ただ大巨人が数度あごを動かす度に、骨が砕ける音がした。最後は丸のみだったのだろう。ぬるりと大巨人テンマの喉が動き、蝶女王という存在はこの世界から消えていった。

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