112/負(マイナス)

 川の上を高速で飛行するアスミの向かう先に、三体の三メートル級怪人が見える。川の水から上半身のみせり出している形である。この、あらゆる生命が焼き尽くされそうな状況でも、蝶女王の能力の支配は解けないのか、予めインプットされていることを忠実に実行するように、両手をあげてアスミに掴みかかってくる。


 アスミは飛行をピタリと三メートル級怪人達から数メートルの位置で止めると、怪人達の一体に向けて、掌を向けた。


「『存在凝縮オントロジカル・バースト』」


 発声するやいなや、怪人の直径をゆうに超える白熱の球体が出現し、怪人一体の体表に直撃する。アスミが掌から生み出した球体の輝きは、限りないほどに鮮明だ。現在アスミの体を覆っている光が月の光だとすると、その白熱球の光は太陽の光に思える。光は川の水をモーゼの十戒のごとく分断させながら、怪人を遥か彼方まで吹き飛ばしていく。ジョーは陸奥の副砲を使って、サッカーの要領で数度蹴り込んで先ほど何とか一体を倒したのだが、今見たアスミが生み出した光の威力たるや。もちろん、リサイクル作戦などしなくても敵を倒せるならそれに越したことはないのだが。


「ふひゅー」


 アスミはどうなってしまったのか? ジョーが疑念を感じていた所、川の方から聞き慣れた声がした。向き直れば、紅の衣服が肌に張り付いている、水も滴る少女、もとい陸奥であった。


「良かった。無事だったか」

「ちょっと川下の方まで流されちゃってました。気がついたら水中にいましたよ!」


 岸に上がった陸奥は、片足でピョンピョン跳ねながら、耳の中に入った水を落としている。


「志麻も心配だが、アスミも何か変な感じなんだ」

「ふむ?」


 ジョーと陸奥とで再びアスミの方を向き直ると、水の上に浮遊するアスミは、今度は両の掌を、残る二体の三メートル級怪人に向けていた。続いて、先ほど生み出した謎の白熱球を、今度は二つ、それぞれの怪人に叩きつける。威力に衰えはなく、二体の三メートル級怪人も彼方まで吹き飛ばされていく。これで、アスミがやっかいだと言っていた巨大な三体の大怪人を除けば、三~四メートル級怪人はもうほとんど残っていないはずだ。


「ジョーさん。アスミさんが放ってる白熱球が太陽の如き存在感を持ってる一方で、アスミさん本体の方は『薄く』なっているのに気づきましたか?」

「どういうことだ?」


 薄く、というよりは、あの白熱球が現れる度に、ジョーの意識はあの白熱球の存在感に圧倒され、アスミ自身のことは認識から消えてしまっている気がする。


「仮説になりますが、私はこんな存在ゆえにジョーさんよりは分かることがあります。現在のアスミさんは、外界の世界にプラスを生み出して攻撃するために、アスミさん自身はマイナスになっています」

「つまり?」

「自身が『負』になることで、世界の方に膨大な影響をもたらす、ということがあります。例えば自殺や自傷行為がこれに当たります。その行為によって周囲の世界が受けた衝撃の原点は、『存在』が消えて、マイナスになったことに求められます。あとは、期待されていた戦艦が爆沈しちゃったんで、世界のみんなはショックを受けてる……というような場合とか」


 最後の例を語る時、陸奥はちょっと自嘲気味だった。


「つまりお金に例えるとすると……」

「お金!?」


 ジョーの例え話は他人には独特に映ることに、ジョー自身は自覚がない。


「一人の人間が一生生きるのに二億円必要だとする。今のアスミは、自分が生きる分の二億円。そして、どうやってるのか知らないがもう二億円借金してきて、合計四億円。そうやって生み出した四億円分で世界の方に力を出現させて敵を攻撃してるってことか。何てこった。『ハニヤ』って技、大借金攻撃じゃないか!」

「だ、だいたい合ってます!」


 そう同意しながらも、この現世には本当は現れ得ない存在として、陸奥はある一つの想念に達する。


(私のような存在ならともかく、存在自体がマイナスになれてしまうということは、つまりアスミさんという存在は……)


 陸奥なりにアスミという存在の謎の核心に到達したが、それはまだジョーには伝えないことにした。ただ、そう遠くなくこの自分と縁ある現世の少年に試練が訪れた時に、この少年が震えながらでも一歩足を踏み出せますようにと祈りながら。


「ではでは、何れにせよ加勢は必要でしょう」


 陸奥が手を差し伸べてきたので、渡せということだと気付いて、握っていた菊一文字を陸奥に返す。


「頼む」


 陸奥はジョーから菊一文字を再び受け取ると、先ほどと同じように、足元にサッカーボール状の副砲を一つ生成した。


「ジョーさんはこれで、残りの怪人が現れたらお願いします」


 陸奥は手首でくるくると菊一文字を回すと、そのまま眼前の空間に向かって一振り。


「では、いってきます」


 アスミの加勢へと駆け出した陸奥は、川の水の上をタタタっと高速で走っていく。戦艦だから、水中は苦手だけど水の上は得意なのか。ジョーはそんなことを思った。

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