101/美的強者

 一方、愛護大橋の中央南側。ちょうど鉄人間と怪人が一体ずつ組み合う中、ジョーとアスミと分断された志麻は、超女王と一対一で向かい合っていた。


「戦いの喧騒けんそう、というのはともすれば野蛮。少なくとも、自分自身はできるだけその雑然の中に身を投じるべきではない。あなたもそう思いますか? 山川志麻さん?」


 昼間、アスミが乱入してきた際に見せた幾ばくかの焦りは潜まり、超女王は再び落ち着き払って志麻に語りかけてくる。


「私は自分が戦うことも辞さない。あなたの喉笛も、すぐにかき切ってやるわ」


 口から出た言葉とは裏腹に、志麻の額を汗が伝っている。出現させた鉄人間は圧倒的に怪人たちに押され、アスミは『ハニヤ』の準備に入ってしまった。何か、大切なものがもうすぐ失われてしまうような。とばりが落ちてくるのを止められない。そんな焦燥。


「私は、少なくともあなたとは対話がしたいのですよ。平和的であるということ。確か、この国の理念でもなくて?」


 超女王の言葉に欺瞞ぎまんは感じられない。アオザイから伸びた手足には健康的な肉感があり、目元のホクロも美の一部を構成している。商業資本の力で取り繕った美しさとは違う、素体の生命が発している「精悍せいかんな美しさ」といったものを持った女。ああ。本質能力エッセンテティアの優劣だけではなく、例えば異性を魅了するといったような。女としての格でも志麻は超女王に敵わないように感じられた。


 やがて、超女王の優しい声のメロディーに引き寄せられるように、銀色の輝きが超女王に集まってくる。その様相は真夏に降る雪の中、青黒い髪を風になびかせるという絵になるものだった。


 銀色の帯は、大橋の下から続いてくる。その正体は、銀の鱗粉を振りまく無数の紋白蝶の群れだった。


「前もって、橋の下に潜ませていたというわけね」

「これも、ありのままの私であなたと話したいという気持ちの片鱗です。蝶は、私にとって少し特別な存在でもあります」


 言われてみれば、昼間と違って蜂や鴉などの気配はないか?


 紋白蝶の群れはやがて、昼の戦いの時と同じように生物群体として纏まっていく。ただし、今度はその四方は二十メートルにもなろうかという、巨大な蝶の怪物と化していた。


「今度は、毒鱗粉で身体を麻痺させたりはしませんから、その点は安心して下さい」


 巨大紋白蝶を背に佇む超女王は、以前の彼女のあり方よりも「相応しく」映る。


 そう言えば昼の戦いの時、日本語にも精通しているらしい敵は、言葉遊びがどうこうと言っていた。事前の情報収集は音声情報が主だったので取り違えていた部分もあったのかもしれない。


 つまり、敵が名乗った名前コードネームは、「超女王」ではなく「蝶女王」であったと。

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