98/決戦の愛護大橋

  ◇◇◇


 決戦の地、愛護大橋はS市の交通の要所である。S市の景観の象徴として歴史的にこの地を流れ続けている一級河川にかかるその大橋は、S駅近辺の最も栄えた場所から、郊外へと直結する国道を内部に含んでいる。車線は片側だけで三車線。


 特徴的としては、愛護神社を含む愛護山の下にも位置していて、山、河、平野のまさに境界領域に位置している点があげられる。時期的にまだ先の話であるが、正月を迎える頃には山頂の神社を詣でる参拝客で、大橋近辺が賑わいもする。まさに、この土地に生きる人々の、陽気さと霊性と、そしてありふれた生活が交差するような場所であった。


 23時45分現在、アスミと志麻の守人二人とジョーは、愛護山の中腹の街の景色を俯瞰できる場所に位置取り、愛護大橋近辺の様子を伺っていた。時刻としては既に多くの人々が眠りについている時間である。遠くには深い黒色の中に明滅する電気の光が、山下の愛護大橋には、橋の両端に設置されている街灯群が朧な光を出している。超女王はまだ現れていない。


「よく、食べる気になるわね」


 作戦を三人で何度も確認し終えた後は、口数も少なくなっていた中、志麻がジョーに声をかけてきた。ジョーはちょうど、コンビニで買ってきたパックのエネルギー補給剤とバナナを食べている所だった。敵が戦いの時刻を指定してきたのを幸いと、柔道をやっていた頃の習慣を実行していた。試合の三十分前くらいに、エネルギー供給が早いこれらを口にする習慣がジョーにはあった。


「まだあるけど。志麻も食べておく? 体にエネルギーとかあった方、イイんじゃないか?」

「いらないわよ。気分的に喉を通らないし。戦いに使うのは糖分じゃなくてオントロジカだし」


 何故かムっとしたように志麻は応える。一旦大天寺の山の実家に戻ったらしい志麻は、昼間切り裂かれた衣服を別なものに着替えていたが、夏のこの季節の中、左手に黒い手袋をはめていた。オントロジカによる身体の回復効果を高めることができる、山川家に伝わるものだとジョーには伝えられている。志麻の本当の意図は、左手の薬指にはめた水晶武装をアスミに隠すことであったが、手袋に回復効果があるのも本当であった。特殊な糸で編まれた、山川家の礼装の一部である。


「栄養ドリンクとかも、あるけど?」

「だから、いらないって」


 黒い手袋の効果なのか、守人として長いこと戦ってきた志麻に対しては、この地のオントロジカから供給されるという回復効果も大きく働くのか、確かに昼の敗戦の時よりも、志麻には勢いが戻ってきているように思う。最も、そうした表面の態度が本心から来るものなのかを微細に察知できるほどには、ジョーはまだ志麻という女の子のことを知らないでいた。


「来たわよ」


 二人の会話をよそに、双眼鏡で愛護大橋の方を注視していたアスミが低い声をあげた。ジョーも志麻も立ち上がり、いよいよ気分を切り替える。


「二十三時五十五分か。五分前行動ね。時間には律儀なタイプ」

「アスミ、数は?」

「一、二、三……超女王を入れて、十三人ね。少ないわ」


 超女王はチェスにおいてキングを強固に守る陣形を連想させるように、前に四人、左右に三人ずつ、後ろに二人という配置で、ゆっくりと歩を進めてくる。


「志麻。昼にわらわらいた支配下の男達の大部分を切り捨てた理由は何だと思う?」

「分からないわ。でも、愛護大橋を指定したのもあっちだし、何かあると思った方がいいわよ」


 超女王がいよいよ、愛護大橋に足を踏み入れた時である。ジョーでも感じられる存在変動律が大きく弾け、次の瞬間に気が付けば、愛護大橋は、その端から端までを直径とした透明で巨大な球体に包み込まれていた。


「結界、ね。やっぱりあの女、志麻と同系統の能力者よね?」


 志麻は苦々しく肯定の意を示す。生物と機構物とで対象は異なるが、同じ「使役」する系統の能力者。そして「結界」を使う。だが、この距離からでも理解できる。超女王が愛護大橋に展開した結界は、志麻が大天寺山に展開していたものよりも遥かに強力なものであった。同系統の能力者であるがゆえに、存在変動者としてはあちらの方が優れているのが分かってしまう。


 超女王が作り上げた結界は一種の「人除けの結界」も兼ねていて、普段は深夜でもまばらにやってくるはずの人・車が、ことごとく愛護大橋を迂回するルートを取るようになっている。一般人が巻き添えにならない点では良いことだが、同時に一旦結界の内部に入れば、周囲に助けを求めることができないことをも意味していた。


「ま、絶対に何かあるんだろうけど。一方で、今見えてる十二人の男を倒して、超女王をチェックメイトしないとならないのも確かよね。志麻、詠唱を始めて」

強襲きょうしゅうするつもり?」

「『逆襲の一手』だもの。正面から行くよりは」


 志麻は納得した様子で、小さく唇を動かし始めた。青い存在変動律がジョーにも伝わってくる。


「さてジョー君。空を飛んだことはある?」

「それは、何か比喩的な意味でか?」


 振り向いて尋ねるアスミに、真顔で応える。


「ううん。物理的な意味で」


 アスミも真顔で返す。時刻はそろそろ零時が近づいている。確かにアスミもこの状況で冗長な世間話をしようとは思わないはずであった。


「空から強襲するから。その後『作戦一』を開始ってことに、ちょっと変更。ジョー君は適応力があるから、いきなりで大丈夫だと思う」


 手を握るように求められたので、アスミの右手と左手を繋ぐ。


 続いて既に能力行使のための詠唱を開始している志麻とアスミは目で何かを疎通させると、同じようにアスミの左手と志麻の右手を繋ぐ。


「『八百万やおよろずのロックンロール』」


 アスミを真ん中にして手を繋ぎ合った状態で、アスミは能力を行使すると、キっと眼下の愛護大橋を睨みつけた。


「『風のイェスペルセン』」


 愛護山の中腹に吹いていた微風が三人を包むように集まり出し、アスミの赤い存在変動律を媒介にして、風と自分が一体になるような不思議な感覚が三人を包んでいく。既に自身の身体が浮いていることに気づいたジョーは、飛ぶってそういうことかとようやく理解する。さすがに初めての経験であったので、ギュっとアスミの手を握る手に力が入ってしまう。アスミの方はもう獲物を狙う猫の目で、戦いの準備ができている。自分も、覚悟を決めないといけない。


 最後に、志麻、ジョーの順にアスミはじっと目を見て互いの意志を確認すると、一声。


「行きましょう」


 愛護山中腹から風の球体は離陸し、大橋中央の敵を強襲せんと高速飛行を開始した。

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