• 非幸福者同盟

  • 第四話「サヨナラの色」(後編)
  • 94/街明りのように

94/街明りのように

 アスミが口にした『ハニヤ』という言葉を聞いて、志麻は予見されていた不幸がいよいよ具体化してきたというように、狼狽ろうばいを始めた。


「私、あの技は嫌いよ。前にアスミが『ハニヤ』を使った時は、一週間ほどアスミは人間じゃない状態だった」

「でも、『逆襲の一手』ってそういうことでしょ。もう物量がないのだったら、身を削るしかないわ」


 どうして、そんな、それが理にかなってるというような言い方ができるのか。また、志麻が不安なのは、その一見道筋として正しいと思われる事柄に、罠が潜んでいることを敏感に察知しているからでもある。自分のことは知的な面では愚鈍な女だと思うから、歴史の話を精緻せいちに語ったりはできない。だけど、物量がなくなったから身を削る? 義務教育で習った程度のこの国の歴史の話を思い出す。そういう戦い方をして、この国は先の戦争でどうなったのか。


「アスミが。アスミがそこまですることはないわ」


 焦燥に駆られた志麻は、思わずアスミの両肩に掴みかかっていた。力を込めて鷲掴んでいるのは志麻の方なのに、傍から見ると、志麻の方がアスミにすがりついているように見える。


「同年代の女子たちを見なさいよ。オシャレとか、スイーツとか、携帯とか。友達とお喋りしたり、旅行に行ったり、カラオケ? 行ったり。あと、デ、彼氏とデートしたり。楽しいコト、いっぱいあるんでしょ? アスミは残された時間をそうやって使ったっていいんじゃない。この街のオントロジカが奪われたら、それは困るのだけれど。たぶん、『奇跡』なんて起きなくなってしまった場所なりに、何だか回っていくものよ。アスミが、責を負うようなことではないはずだわ」


 アスミの両瞳を真正面からガン視して訴えかける志麻に対して、アスミはちょっと目をそらした。


「街、あかり」

「え?」


 知れた仲なのに、少し気恥しい話をする、というように、志麻に肩を掴まれたアスミは、視線を逸らしたまま語り始めた。


「地震の時。本震からしばらく経った頃。夜に、食糧などを探してこなきゃって、街の方へ歩いて行ったわ。電気も水道もガスもまだ止まっていた。微細な星の光が粉雪に反射する中、亀裂だらけの道路、散見される倒壊した建物。そんな中を歩いて行った。どちらかというと沿岸部よりにあるウチの神社からすると、駅方面は栄えてるって感覚だったから。そんなとても昔から人々が積み重ねてきた活気が集まっていた場所が、こんなにも壊れてしまったのかと、そう思いながら。


 夜中、高架線の上で停止した新幹線の乗客の人達がちょうど武道館の合宿所に避難していて、そこで備蓄の軽食とペットボトルの飲み物を分けて貰った。ラジオからは不安を掻き立てるニュース。暗闇の中、灯油ストーブの燃料の残量を気にしながら、みんな火の熱を囲むように毛布にくるまって座ったり横になったりしていた。それでも、少しでも食糧が手に入った事がとても私を安心させて、何か体の中心に暖かい力が湧いてきた気がした。 

 一旦家に帰ろうと思ってまた来た道を戻って歩いて行った時、忘れもしない。ちょうどS市の中心地域と周辺地域の境界にあるような小さな橋を渡っている時に、私は、橋の上に並んでいる街灯が灯っているのに気がついた。今までは当たり前にあった街明り。だけど、あの状況で誰かの助力によって回復した電光が、闇夜でボーっと光っている光景を、私は綺麗だと思った。そして初めて気づいた。私はこの街が好きだったのかと。


 子供の時とは違うけど、その時の気持ちが、今の私の本当の気持ち。大仰な人間になれなくてもいいわ。百年生きようと、明日死のうと関係ない。普通の人々の営みをおぼろに照らす街明りのように生きていたい。私はそう思ってるの」


 ゆっくりと語り終えると、アスミは再び視線を志麻に合わせた。それを付け加えると、そのアスミが信じたという光が欺瞞ぎまんになってしまうからなのか、だからその身を削るのだ、とはアスミは付け加えなかった。


 志麻はショックを受けていた。たとえば親友だと思っていたアスミの内面を知らなかったこと。あるいは、家の文脈とたまたま自身に才能があったからという理由で守人として戦い続け、そこに特に個人的な動機がない自分とは、アスミは違うということ。


 アスミの肩から手を離し、放心したようにアスミを見つめている志麻に向かって、アスミは普段の、他人との間に一線を引くような孤高さをたたえながらも、ちょっとおどけたりもする雰囲気に戻ると、陽気に言葉を続けた。


「それに何? 友達と旅行にカラオケ? 私も志麻も、そんな友達、いないでしょ?」

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