90/着信

  ◇◇◇


 途中、暫定的に肌を隠せる衣服を志麻のために古着屋で買って、S市の駅東口近辺まで来た所で、アスミのスマートフォンの着信音が鳴った。アスミは画面をいぶかし気に眺めると、志麻にも見せてよこす。画面には、志麻の名前が表示されていた。


 志麻はようやく、自分のスマートフォンがなくなっていることに気が付いた。おそらくは、戦闘時に落としたか、あるいは辱めを受けている時に抜き取られたのだ。だとしたら、電話の相手は。


 アスミが通話ボタンを押してスマートフォンを耳に当てる。そして、一言二言聴き取った後、すぐに切る。


「超女王から」

「何だって?」


 ジョーもペットボトルの水を補給しながら尋ねる。


「本日深夜午前零時、愛護あいご大橋おおはしにて待ちます。この地のオントロジカの集積体を持って来てください。最後のチャンスです。だって」


 志麻も公共スペースのベンチに腰掛けながら、状況を整理する。


「アスミ。十中八九、愛護大橋も何らかの敵の領域になってるわよ」

「でしょうね」

「でも、午前零時なら、もう一度陸奥が呼べるな」

「そこ。志麻。敵はジョー君の能力の条件について知ってるの?」


 志麻は超女王の動向を思い出す。悪びれずに志麻とジョーとを勧誘していた相手であったが。


「ううん。多分知らないわ。時間制限があるのには気づいたかもしれないけれど、日付が変わると同時に回復するということまでは知らないはず。何故だか、超女王は私にだけ固執して、他にはそんなに興味がない感じだったわ」

「ムっちゃんをもう一度戦力に加えられるのはラッキーってことか。それにしても……」


 アスミは上衣が切り裂かれた衣服の上に、大き目のサイズのTシャツをガフっと着ている志麻を見やって、心底同情したように言った。


「あんた。昔から、変な人間にばっか執着されるわね」


 志麻の脳裏に、いわゆるストーカー被害にあったというような出来事を含め、幼少時からの苦い記憶が蘇る。美しさはやっかいな人間も含めて人を惹きつけるという話だけではない。志麻には独特の加虐的な嗜好を持つ者を刺激する雰囲気があるのだ、と親友のアスミは分析していたが、志麻自身にその自覚はない。


「それで、どうするんだ」


 消沈している志麻をよそに、ジョーが具体的なこれからのことについて確認する。もちろん、どこかでジョー自身の答えはもう決まってるという態度で。


「もう一度戦うしか、ないでしょうね。お互いの拠点が割れて、お互い手の内をかなり見せた以上、もう引き伸ばしはできないわ」


 アスミの言葉に納得したように腕を組んでるジョーを見やる。


 志麻は、先ほどの戦闘で、超女王の演説を前にジョーが一歩前に出たのを思い出した。ジョー自身、この地のオントロジカを差し出して降伏するという選択肢は考えていないらしい。


「零時だな。じゃあ俺、それまでちょっと家見てくる。姉ちゃんが心配だ」


 そう言うとジョーは、走って行ってしまった。安否に関して心を掻き立てられる大事な人間がいるということに、志麻は少し嫉妬する。だがそんなことはいい。宮澤ジョーは、あくまで追加の戦力として居てくれてラッキーという程度の存在なのだから。零時までに作戦を立て直すのは、この地の「守人もりびと」であるアスミと自分の役目なのだ。


 長年の相棒であるアスミに目線を向け直すと、彼女はこの逆境における、逆転の作戦を語り始めた。

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