第四話「サヨナラの色」(後編)

88/火、水、風

 第四話「サヨナラの色」(後編)


 アスミが作り出した渦巻く炎の柱が、超女王めがけて前進する。それをき止めるように現れたのは大鴉おおがらずの群体で、超女王の盾となり焼かれていく。火を恐れる生物としての衝動よりも、能力による支配の方が強いようだ。周囲に、燃えた黒い羽が散乱していく。


 炎の柱が時間を稼いでいる間、アスミはボディバッグから水のペットボトルを取り出すと、素早く口に含み、おもむろに横たわっている志麻しまに口づけをした。


 口移しで強制的に体内に水分を入れられた志麻は、アスミの意図を理解し脱力する。


「『水のウォーラーステイン』」


 人体の六割から七割は水で出来ている。アスミの能力によって、注入された水分をきっかけに身体中の液体がコントロールされた志麻は、熱、吐き気、酩酊感といった症状を覚えると、夏の暑さを差し引いても異常な発汗に見舞われる。


 志麻の身体の毒素を強制的に排出させた荒療治であった。衣服は切り裂かれ、汗にまみれた志麻の姿はあられもないものであったが、とりあえず幾ばくか体が動くようになったことに志麻は安堵する。


 続いてアスミは数本のペットボトルを宙に放ったので、意図を理解した志麻はすぐさま能力の行使に入る。空中から滑空かっくうした機械鳥が数本のメスに再構成されると、次々と空中のペットボトルを貫いて行く。


「水蒸気へ!」


 空間にまかれた水はアスミの駆け声と共に、一時視認できない水蒸気へと変化する。


「そして、冷ます!」


 続いてさきほどの風か。周囲が急速な冷却に見舞われる。すると自然と霧が発生する。彼の霧の街もかくやという濃霧であった。


 アスミの矢継ぎ早の行動に、超女王は一時自分の次の一手を決めかねる。その僅かの逡巡しゅんじゅんで十分で、アスミは志麻の手を取って建物の出口に向かって駆けてゆく。濃霧は目くらまし。先ほど、アスミから伝えられた暗号の内容は、「撤退」であった。

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