61/歌います

 店の中央でカラオケに興じているお年寄りの集団を中心に、居酒屋の中に和の空気のようなものが出来上がっていた。志麻は、あまり自分の記憶にない感覚だと自省する。


 アスミと、守人だとかそういう関係を抜きに、二人で街に出て遊びに興じたことはある。一方で、同年代の普通の少年少女がしているような、仲間たちと一体感を持って夜の街に溶け込んでいくというような経験が志麻にはなかった。例えばゲームセンター、カラオケ、ファストフード、そして夜の集いの場。アスミと二人以外で、そういった余剰的な娯楽を楽しんだことがないのだった。


 ちょうど居酒屋のステージのカラオケが一段落した時、次の歌う者が現れない。でもこのまま場が終わるのも忍びない、そんな空気が店内に流れた。


「はいはい。私、歌います」


 カレンが挙手して隅のスペースからステージの方に出て行ったので、志麻はよくやる、と思った。こういう他人ばかりの輪にいきなり溶け込もうとする積極性は志麻にはないものだった。メイド喫茶でバイトをしていると言っていた。そういう、社会経験の豊富さからなせる所業なのか。


 お年寄りの歌う演歌も独特の場を形成していたが、うってかわって金髪の可憐な女子が現れたということで、場も沸き立つ。そんなお年寄りたちの、店内で過ごす街の人達の輪の中に、カレンは自然に入っていく。


「それでは歌います」


 どんな曲を入れたのかと思ったが、特にカレンが得意なアニソンなどではなく、八十年代の流行歌だった。志麻はお年寄りから場にいた若者まで、最大母数的に知ってる歌を選んだのだと気付き、その配慮に感心する。


 軽快なメロディーが店内に流れ始める。この国で生きてきた人間は、どこかで聴いたことがある、普通の人達の恋をうたった歌だった。

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