32/ジョーの母

 陸奥はご機嫌な児童のように、何かこの世界には面白いことがあるはずだと言わんばかりに目を輝かせている。さすがに夕方まであっちの世界に帰っていてと言うのも忍びないと思ったジョーは、陸奥を連れて帰宅途中である。


 ジョーはジョーで、十六歳の男子なりにやることがある身の上である。陸奥がいる点がいつもと違うが、昨晩から始まったアスミとの出来事の進捗が夕方まで保留ということならば、結局いつも通りの責務を全うして過ごすことに決めた。具体的には、家族の一員として、家の関係で日常的にやっていることがジョーにはあった。


 自宅のマンションの七階までエレベーターで上がり、ただいまと玄関の扉を開ける。ごく自然な流れとして、お邪魔しますと頭を下げた陸奥の存在に、ジョーの母、宮澤カンナは驚きの表情を見せた。陸奥は元が昔の存在だからなのか、礼節を一通り心得ている態度である。


「ジョーさんと親しくさせて頂いております。陸奥、と申します」

「陸奥、東北地方の? それは、古風な名前ですね」


 自宅で翻訳業を営んでいるジョーの母は、現在締切真近で、ここ数日少々余裕がないのは、ジョーも折り込み済み。もしも暇な時なら、じっくりと陸奥に関して問いただされる所なので、今はタイミングとしては都合が良かった。


「ゴメンなさいね、ちょっとバタバタしていて。ジョー、悪いけどお茶とか自分で淹れてくれる?」

「了解」


 それでも、仕事のために自分の部屋件事務所に戻るのが惜しいとばかりに、チラチラと陸奥に視線を送る母。幼少時、アスミを前の自宅に連れてきたことはある。だが、その後、特にこのマンションに引っ越してからは、ジョーが同年代の女の子を家に連れてくるのは初めてのことであった。母の関心も分からないではない。部屋に戻る間際、母は大事なことを言い忘れたとばかりに一言伝える。


「ジョー、女の子連れてきてウキウキの所悪いんだけど、カレンとお祖母ちゃんの様子見てくるのと、ひいお祖父ちゃんの見守り行ってくるのは、いつも通りやってくれる?」

「あいよ、そのつもりだったよ」


 母親の部屋のドアが閉まる。


 身体が不自由なアンナお祖母ちゃんと、その介護を担当している姉のカレンに色々と助力することが、ジョーの家での役目だった。今も七階にいるかと思って先にこっちに来たのだが、母の様子だと現在二人は九階にいるらしい。

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