エピローグ
大興奮の対抗戦が終わった。けれど、そこは流石の月面カレッジだ。次の日はいつも通りに戻っていた。
けれど皆、どこか生き生きとした表情をしている。誰もが得がたいものを手にし、成長したからだ。
しかし実行委員であるセリア達は、まだ対抗戦を終わりにすることはできない。様々な後処理が残されていた。
「反省会に報告書作成、まだまだやることありますねぇ」
「今回は僕たちだけでやったし、来年はもっと実行委員の人数を増やして、再来年に繋げてあげないとね」
昼食兼実行委員会は、カフェで開かれた。
「収支報告は今日中に作っておくよ。来年は月面カレッジから予算がしっかり降りるといいね」
「……予算……そういえば、あのサイダーはお金が相当かかっていますよね?」
セリアは昨日行われたサイダーかけ大会を思い出し、経費が心配になった。
けれどケイは、問題ないと手を振る。
「大丈夫。寄付金は教授達に相当出してもらったから。善意っていいねぇ」
「善意ィ? オレはお前が教授を脅迫してるところ、何回か見たけどな」
「ちょっと他人に知られたくない秘密をちらつかせただけ。そうしたら、みんな自主的に協力を申し出てくれたんだって。本当だよ?」
「それを脅迫って言うんだよ」
言葉の定義について話し合いを始めたケイとディックにセリアは苦笑する。なかなか終わらなさそうなので、端末に指を滑らせた。
「そういえば、対抗戦を特集した臨時新聞がメディア部から配信だそうですよ。一面はディックでしょうね」
メディア部の配信一覧を呼び出せば、NEWのついた記事がある。それをタップし、端末に記事を呼び出した。
一面のディック特集ムービーを見たセリアは、リジーの腕前に感心する。
ストームブルーの凱旋の映像と、ディックが宣誓をするシーンを、上手く編集してあった。
「来年はMVPを決めるのも楽しそうですね。初出場パイロット限定のルーキー賞とか」
「いいなそれ。MVPはオレに決定だけど」
「いいえ、わたしです」
ディックに一歩も譲らないセリアは、新聞の内容をざっと読む。
最後の見開きページは、対抗戦の後夜祭特集コーナーだった。
みんなの笑顔が乗っているだろうと微笑ましい気持ちになったのだが、再生ボタンを押すと全く違う映像が現れ、セリアの頭が真っ白になる。
「………ぇ……?」
いや、まさか、そんな。
だって、だってとセリアは頭の中で、誰にしているかわからない言い訳を繰り返す。
心臓がどくどくとうるさい。手足に汗がじわりと滲む。
気づかなかった。全く気づかなかった。あの場所は二人きりだと思い込んでいた――……。
「セリア、どうしたの? 実は僕も定期購読を申しこんだんだよね。――えーっと、最新、最新っと」
「おお、格好いいな、流石オレ」
セリアが真っ白になっている隣で、ケイとディックも記事をチェックする。
そして最後の見開きページになったとき、ディックとケイもセリアと同じく、ぴしりと固まった。
「セリアー! すごいよ、新聞へのアクセス数! いやあ、後夜祭の特ダネ提供、ありがとう! でもああいうのは、個人の部屋でやった方がいいよ~!」
メディア部のリジーは、カフェにいるセリアを見つけた途端、大声で喜びを告げた。そしてセリアに近寄り、その両手を握ってぶんぶんと力強く振る。
「こここここここ、これはどこから!?」
「昨日、匿名でデータが送られてきたんだ! 誰かわからないけど、ありがとー!」
対抗戦臨時特集号の、後夜祭ページの半分を使って載せられたムービーは『
セリアがツァーリの肩に手を置き、眼を閉じて顔を近づける。
どこからどうみても、誰が見ても、二人は間違いなくキスをしている。
たった五秒の動画だけれど、その印象は強烈だった。
「で、いつから付き合っちゃったの!? 特集を組んでもいい!?」
「いっいゃやあああああああぁぁあ! 違うんです、ちがいますううううぅぅうう!」
セリアは誰に誓ってもいい。真実、ツァーリとはキス止まりだ。おつきあいの事実は一切ない。
「なんという奇蹟のタイミング……。今年のピューリッツァー賞あげてーな」
「……いやいや、このムービーはね、角度から考えるとね……いや、なんでもないです」
ケイはなにかを言いかけたが、ツァーリにギロリと睨まれて慌てて黙り込む。
お国柄、平和主義者であるケイは無用な争いを避けた。まだ死にたくはない。
「だ、誰なんですか、これを撮ったのは! あんまりですぅううう!」
セリアの悲鳴がカフェに響く。
――セリアの乙女心を踏みにじった犯人は、すぐ傍にいた。
月面のジーニアス 石田リンネ @ri-kkym
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