27話目
星群カレッジ開校記念式典が始まった。
多くの来賓を呼んで盛大に行われた式典は、宇宙初の民間学校ということもあり、ついに時代がここまで進んだことをメディアが煽り、地球への式典中継も行われている。
「本日、星群カレッジが開校されました。この星群カレッジに在籍することになる生徒達は、誰もが『輝く星』です。星は集まれば星座になり、更には銀河となり、この広大な宇宙を照らす。地球のどこからでも、宇宙のどこからでも見える、素晴らしい輝きを持つ生徒達と共に、これから学び、成長していくつもりです」
理事長のオズウェル・コールマンの挨拶は、挨拶というよりも士気を鼓舞するような演説だ。
セリアとツァーリは神妙に聞き、他の来賓の挨拶も黙って聞き、記念の花束贈呈には笑顔を作って参加した。
式典は午前中で一段落、それから昼休憩を挟み、午後二時から記念イベントとして星群カレッジ対月面カレッジの意地と誇りを賭けた対抗戦が行われる。
本日のメインイベントは、皆この対抗戦だと知っていた。そして生徒の関心も、メディアの関心も、午後に向けて盛り上がっていく。
セリアとツァーリは繰り返される取材に対し優等生な受け答えをしながら、隙を見て姿をくらませた。
「はー……疲れました。顔が引きつりそうです……」
式典は神妙な顔で、花束贈呈は笑顔で、インタビューも笑顔。
ツァーリにきつく申しつけられていたセリアは、なんとか無事に済ませた。作り笑顔を維持しすぎて、そろそろ頬が痙攣しそうである。
「そろそろ行くか。二時間前だ」
セリアとベンチで一休憩していたツァーリが、端末で時間を見て立ちあがる。
「――あのっ!」
月面カレッジのスペースポートでは、朝から対抗戦に参加する生徒達が集まり、最終確認をしているはずだ。
きっとみんな待っている。急がなければならないとセリアはわかっていたが、ツァーリの制服の袖口を指で掴み、引き留めた。
「なんだ?」
「いや、そのっ……ええっとですね……」
言わなければとセリアは必死に勇気を振り絞る。
ストームブルーの操縦では度胸がありすぎと苦笑をもらうセリアだが、これとそれは別問題だった。
「あああの、わたしっ……今日、頑張ります!」
「そうしてくれ」
「まだ一回もディックのタイムを追い抜けてないですけど、でも、頑張ります。星群にも、ディックにも、負けないように……一番で、ゴールしますから!」
「ああ」
行け、とセリアは自分にエールを送った。
「だから、一番でゴールできたら……」
深呼吸を一つ。宝石のような薄紫の大きな瞳を潤ませて、真っ直ぐにツァーリを見つめる。
「そのときは、貴方にキスをしてもいいですか?」
――言った! わたし言いました! これで悔いはありません! 青春です!
もうツァーリの顔を見ていられないセリアは俯いた。
なにかを言おうとしたツァーリを遮るように、慌ててわかってますと叫ぶ。
「あの、勿論嫌でしょうから、今すぐ断ってください! 本当にわたしはただ言いたかっただけで……!」
そう、セリアもあの女の子達のように青春をしたかった。
キスはできなくてもいいのだ。けれどただ一歩踏みこんだ思い出がほしかった。
全力で、勉強も友情も、そして恋愛もした。どんなことにも全力をつくして卒業したと胸を張りたい、それだけだ。
「……構わない」
断る、という素っ気ない返事を待っていたのだが、ツァーリの口から出てきたのはまったく違う言葉だった。
「はへぇ?」
「構わないって言ったんだ。行くぞ」
そう言って歩きだしたツァーリのうしろを、セリアはピッチ走法でついていく。
頭の中では『キス』と『構わない』が踊っていて、混乱状態だ。
――どどど、どういうことなんでしょうかこれ! ああ、でもこのタイミングまずかったかもしれません。やる気を出させるための嘘とか、落ちこまないように気を使ったとか、きっとそうです!
自己解決したセリアは、そうに違いないと己を励ました。
その後、セリアとツァーリは一度も言葉を交わさず、妙な緊張感を保ったままスペースポートへと向かう。多分、言葉は必要なかった。
「お、来た来た。中継なら見てたよ、ご苦労様。ひたすら式典でじっとしてたら、エコノミー症候群になりそうだよね。そんで
ケイが退屈な式典を出席してきたセリアとツァーリを労う。
既に対抗戦の直前最終チェックは終わり、どのストームブルーも出られる状態となっていた。残るはセリアとツァーリの準備だ。
セリアは素早く着替えて、自分のストームブルーの計器を確認する。
ここまで来たらあとは泳ぐだけだ。妙に落ち着いた気持ちになったセリアは、ドックを見渡す。
皆が緊張とリラックスの中間の様な、とてもいい雰囲気で待機しているように見えた。
――あっと言う間にここまで来た。そしてここから、きっと始まる。
「あ、セリアさん、エーヴェルトさん! お時間を少し取れますか?」
三カ月前から月面カレッジの取材を続けているドキュメンタリー番組のレポーターが、セリアに手を振ってきた。
レポーターの女性に促され、セリアとツァーリはモニターの前に立つ。
スタッフがカメラを回す準備をし、レポーターはささっと髪型を直した。
「カメラ回しまーす。3 2 1 スタート!」
スタートと同時に、レポーターは営業用の笑顔をにっこりと作り、ワントーン高い声で話し始めた。
「本日は、いよいよ星群カレッジとの対抗戦です。戦いを控えた
その言葉と同時に、中継用のモニターは放送局のロゴ画面からぶれた映像になる。おや、と思っていると、すぐに綺麗な映像へ切り替わった。
『あ、映った?』
『ほら、映ったって言ってるよ。いくよ、せーの!』
『エーヴェルト先輩、セリア先輩、がんばってー!!』
モニターに映った幼い子供達の制服に、セリアとツァーリは見覚えがあった。二年半前には自分達も着ていた、NESの制服だ。
画面いっぱいに、いやもっと沢山入りきらない程の数の小さな後輩達がいる。彼達と彼女達の一斉の応援に、セリアは思わず口に手を当てた。
『本当に憧れです! 絶対、来年月面カレッジに入ります!』
『
『中継はこっちでも映るんです、全校生徒で応援してますからー!』
口々に子供達が応援の言葉を口にする。セリアとツァーリにとって、一度も話したことがない後輩ばかりだけれど、みんなはそんなことは関係ないと言わんばかりにとても熱い応援を送ってくれた。
じわりと胸が熱くなる。走り出したくなるあの感覚が、更に増していく。
「番組からのサプライズ応援でした! お二人とも、がんばってください!」
中継が切れ、モニターには放送局のロゴだけ映る。
言葉が出ないセリアとツァーリを、周りはにやにやしながら見ていた。
本当にサプライズだった。まさか後輩達のエールを中継するなんて、思ってもみなかった。
「……立ち止まる、って、必要なんですね」
足が速い、ついていけない。
セリアとツァーリはそんな風に言われることがあった。
ただひたすら前を見ることは強さでもある。だが、時に立ち止まり、振り返ることは、ただ前を見るだけよりも遥かに力がわき出てくる。
「わたし、絶対に勝ちます。後輩に格好悪いところを見せられません」
自分達が背負うものは、月面カレッジに通う生徒の気持ちだけではない。
家族も、後輩も――もっと多くの人達の想いを背負っている。
その期待に応える為には、経過だけでも結果だけでも駄目だ。
全力でやりつくし、ゴールを勝ち取ること、両方とも必要だと、頭だけでなく前進で感じとることが出来た。
対抗戦開始時刻、三十分程前。
「よーし気合い入れるぜ。打ち合わせ通り、宣誓やるぞ!」
「整列!」
セリア達、
そのうしろに、
通信室では、
応援のための解放された月面カレッジの大講堂では、ドッグの様子がメディア部のリジー達によって中継されていて、『整列』とディックが言った瞬間に大講堂の生徒達も立ち上がった。
ドック、通信室、大講堂の生徒達が一糸乱れずに立ち上がって並ぶ様子は中継され、その家族や友人、そして多くの一般人の元へと映像が届いた。
――まさに圧巻、真剣な横顔に、誰もが息を呑む。
「わかってるか? 星群に行った奴らは、これができないんだ。宣誓はオレ達『月面』の特権。今から見せつけて、悔しがらせてやろうぜ!」
月面カレッジにいる者は、誰であろうとこの宣誓の瞬間を夢見る。
一言一句間違いなく、宣誓を述べることができる。それだけの重みを持つ言葉だ。
「よし、今日はチームプレイだ。更に結束を高めるために、ラストはアレンジバージョンで行くぞ! 意味わかってるよなァ!」
ドック、通信室、大講堂の三箇所の生徒の全員がそれに倣う。
一人では小さな足音も、何百人という生徒達が一斉に踏みならせば、それはもう足音とは呼べなかった。これは、戦いを告げる雄叫びだ。
「――我らは宇宙船外活動士として、此処に集いたる仲間に宣誓をする!」
ディックは最初の一文を述べる。この先は皆での斉唱だ。ドックだけでなく通信室の
本来、宣誓はAクラス入りした
でもディックがみんなでやりたいと言い出した。そして
全校生徒に結束を高めるために参加してほしいと予め通知した結果が、これだった。
「己の使命を自覚し、規則及び規律を遵守し、誠意を持って連携と協力をし、厳正な規律を固持し、心身を鍛え、技能を磨き、強き使命感をもって職務の遂行に当たり、事に臨んでは危険を顧みず、誇りをもって責務の完遂に務める。我らは宇宙では常に孤独、ゆえに我ら常に仲間と共にあり、仲間を宇宙の中の光明たらん。仲間を信じよ、己を信じよ!」
左足を二回踏み鳴らす音は、月面の大地さえも震わせたと錯覚させる。
そして胸に右手の拳を叩き付ける音は、月面カレッジの生徒だけでなく、皆の心を震わせた。
「
本来ならば『
だがディックのラストはアレンジバージョンだという意図に皆が気づき、見事な斉唱をアドリブでやってのけた。ただ、当の本人だけは、言うに言えなかったようだが。
「……すごい……いいなぁ……」
呟いたのは、中継を見ていたかつて宇宙へ行くことを夢見ていた大人か。
現在形で憧れている子供か。
――それとも、かつての学友達へ言葉できない想いを持つ者か。
見ていた者に圧倒的なまでの羨望を植え付けた一糸乱れぬ宣誓、最後の言葉を自分達で変えた生徒達の強い団結力。
この宣誓に憧れた後輩達によって、最後の言葉を自分達で変えていくことが、この先の月面カレッジの伝統となっていった。
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