23話目
空きコマがあれば、講義が終われば、皆が自主的にドッグに集まるようになっていた。
いるメンバーで声をかけ合い、一緒に飛んだり、互いの飛び方を見たり、意見を交換したりと、段々と対抗戦に向けていい緊張感が高まってきている。
――それは、対抗戦に参加する
「セリア! 絶対に勝てよ!」
「
「今からサポーター登録してもいいかな? 何かやることない?」
日に日に増える、応援の言葉と協力を申し出る言葉。
知らない生徒から、声をかけられることが増えた。いつもはあれが
思ったより話しやすいとか、気さくだったとか、印象を変えたと言われることも多くなった。
「……またこの動画かよ。いい加減にしろよな」
生徒達が盛り上がり始めたからこそ、盛り上がらない生徒との差が明確になってきた。
これがもしかしたら、セリアが『立ち止まれない』からこそ現れてしまう、新たな問題なのかもしれない。
――それは仕方ない、普通の学校でも一定数の『面倒臭せぇ』って人間は必ずいる。
心配したセリアに、こればかりはねとケイは慰めてくれた。
個人で動くことに慣れきったこのカレッジでは、『面倒臭い』と思う一定数の割合は、どうやらかなり高くなるらしい。
今のところ、積極的に協力をしてくれる者が二割、好意的に応援してくれる者が四割、関心のない者が二割――……残りの二割は『不快』を明確に示す者だ。
「マジでうっとうしい。カレッジのどこを見ても、あのPR流れっぱなし」
「迷惑だよな、そんなことする暇がどこにあるんだ?」
「参加してる奴ら、もうAをとるのを諦めたんだろ? 卒業までの思い出作りでもしてるんじゃないか?」
セリアとツァーリが並んでカフェにやってきたのを見るなり、わざと聞こえる声で文句を言い始める四人グループがいた。
ツァーリは聞こえなかったように行くぞとセリアに声をかけ、注文の品をとる。
セリアも反応すべきではないとわかっていたため、黙ってツァーリのうしろについた。
「そういや、クーデター起こしてたAランのパイロットの奴らどうなったんだ?」
「全員色ボケしたらしいぜ。コギト・エルゴ・スムに二人っきりでお話を~って言われて呆気なく落ちたってさ」
「二人っきりでナニしたんだろうなァ」
段々とただの嫌味だった文句の性質が変わり始め、周りに座っていた生徒達はざわつき始める。
ちらちらとツァーリ達を伺ったり、なにあれと不快な声をわざと上げたり、あからさまに舌打ちしたりして牽制をするが、文句を言い始めた男達は止まらなかった。
「夜の方もAランクなんだろ? 流石は
「違いない!」
生徒の一人が椅子をがたんと鳴らして立ち上がる。いい加減にしろ、という叫びを言うつもりだったのだが、口を開けたまま動けなくなった。
――突然、茶色の液体が宙を舞ったのだ。
なんでと視線を動かせば、そこにはコーヒーが入っていたはずの空のカップを優雅に持つツァーリがいた。
耳が痛い程の静寂の中で、ぽたぽたと雫が垂れていく音だけが響く。
「一杯だと二人までだな。セリア、あとで奢ってやる、もらうぞ」
ツァーリは空になった自分のコーヒーカップをセリアのトレイに置く。そしてセリアのコーヒーカップを持ち、手首を軽くひねり、残りの二人にもコーヒーをかけた。
――再び、ばしゃんという清々しい音が鳴る。
直後、ぽたぽたという音が更に厚みを増した。
「……え、っと」
淹れたてだったため、結構熱いのでは……とセリアは呆然としながらも火傷の心配をしてしまう。けれど上手く言葉が出てこない。
最初に反応したのは、コーヒーの熱さから我に返った四人グループの一人だった。
「ってめぇ! なにすんだよ!」
勢いよく立ちあがったため、椅子がうしろに倒れる。
うしろの席に座っていた女生徒がきゃあと悲鳴を上げるが、つっかかった男は謝罪はせずツァーリにつかみかかろうとしていた。
「――馬鹿な脳だな、ケンカを売ったと理解できないのか?」
どうなるのかと固唾を呑んで見守っていた皆は、事態が悪化したことに気づいた。
「さっさとかかってこい」
謝るとは思っていなかったが、まさか、宣戦布告をするとは。
えええええ!? と驚いたところに、いきなりのツァーリの右ストレート。更に驚いて、悲鳴すらも上げられない。
ようやく、悲鳴があちこちで上がる。
セリアも事態を理解し、とめなければとツァーリに手を伸ばしたが、するりとかわされた。
「離れてろ」
ツァーリは逆にセリアの襟首を引っ掴み、子猫のように持ち上げ、ぽいっと手短な男に投げつける。そしてすぐ二人目へその拳を振るった。
「いいぞ! やっちまえ、ツァーリ!!」
「加勢するぞ!」
「いい気になってんじゃねぇよ! 対抗戦とか迷惑なんだよ、お前ら!」
一気に色々な意味でカフェが盛り上がる。
大声を上げて応援する者、ケンカに乱入する者、悲鳴を上げて逃げる者、とんでもない事態になってしまった。
「ひぇええええ!」
あっちこっちでテーブルがひっくり返る、皿が跳ぶ、椅子も跳ぶ、拳も跳ぶという大乱闘が始まる。
セリアは隅っこのテーブルの下に避難し、あわわわわと震える。
「あぅあぅ……どどどどうしましょう!?」
あの中に自分が飛びこんでいっても、おそらく誰もとまらない。
それどころか多分、痛い思いをするだけだ。
しかし、このままにするわけにも……。
「やあセリア、これ食べる?」
どうにかしてとめたいと思っているセリアが、悲鳴と怒号とガシャンガシャンドンドン鳴り響く机の上の空間に頭を抱えていると、同じく大乱闘から避難してきたケイがポテトの皿を抱えながら隣に現れた。
「ケイ!」
「僕はお国柄のせいでかなりの平和主義者だから、これを止めるのはディックに頼んで……と言いたいけど、そのディックは乱闘にツァーリが参加してるって聞きつけて、喜んで駆けつけて、ツァーリも相手も両方殴るってとっても楽しそうだったよ」
「あああああ……」
頼みの綱が意気揚々と乱闘の駆けつけ、参加していた。
どうしたものかと唸るセリアに、ケイは自然鎮火を待とうと笑う。
「ツァーリってケンカが強いんだね。右ストレートのところ見てたんだけど、お見事」
「エーヴェルト、今はああですけれど、昔はケンカばっかりだったんです。……わたしが絡まれやすかったので、よく助けてもらってて……もうケンカしないって約束してくれていたのに……」
昔のやんちゃっぷりを思い出したセリアは、ため息をつく。
落ちついてくれたと思ったのに、まだまだだったようだ。だって、殴るときに顔が少しだけ笑っていた。
「………へぇ、僕は今とてもユーファにいてほしい気分だ」
しかしケイはセリアに『そうなんだ、へぇ~』とは言えなかった。
今の話の真相を、なぜしっかり察してしまったのかと一人反省会を開く。
ツァーリがセリアに『行くぞ』と声をかけて連れ歩いていた理由は、誰もが便利な舎弟やパシリだからだろうと思っていた。だが真相は違ったらしい。
ユーファならきっと……、
――今度は
と嫌悪を露わにして手厳しく罵ってくれるだろう。
けれどケイは怖くて言えなかった。なぜなら、お国柄のせいでかなりの平和主義者だったので。
「こらぁ! なにをやってる! やめろ! 全員とまれ!」
ようやく騒ぎを聞きつけた教授と警備員がカフェに到着した。彼らが身体を張って、やっと騒ぎが鎮火しかける。
頭をぼさぼさにした教授の一人が、今にも血管を切れさせてしまいそうな勢いで叫んだ。
「誰が原因だ!?」
倒れたテーブル、あちこちに散乱した椅子、壁と床を彩る料理と皿。
優雅なカフェの散々たる有様に、教授は顔を真っ赤にする。
ここはどこだ、ここは月面カレッジだ。地球最高峰のエリートが集まるこのカレッジが、カフェで大乱闘を起こした。どうしてこうなった! と発狂したい気持ちでいっぱいである。
「――僕です」
ざわつく中で、ツァーリがすっと手を挙げた。すみませんでした、と頭を下げる。
大人達はまさかの原因に、驚き、面食らった。
しかしそこは年の功なのか、すぐに冷静さを取り戻し、教師としてすべきことを始める。
「……あとで他の者にも話を聞く。とりあえず、エーヴェルト・ラルセン、君は指導室に来なさい」
原因がなくなれば、火は完全に消える。
一気にカフェは静まりかえり、そして今度は別の意味でざわつき始めた。
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