Section4-9 留まった理由

 石畳の地面に描かれた巨大で複雑な魔法陣が淡い緑色の輝きに包まれた。

 オーロラのように揺らめくその輝きを眺めている者は現在、リベカ・シャドレーヌとユニコーンだけだった。他の構成員は際議場周りの警備に少数だけ残し、あとは術式が完成すると同時にリベカが侵入者の迎撃に回るように指示したのだ。

 術式は起動してしまえば人の手による制御を必要としないらしい。だからと言って際議場内部に人を残さない理由にはならないが、リベカには別種の個人的な理由があるのだとユニコーンは見ている。

「一気に閑散としちまったな」

「問題はありませんわ」

 リベカは落ち着いている風を装っているが、時折指先や視線を動かして妙にそわそわしている。焦ってはいない。待ち遠しい、といった感じだ。

 周囲を取り囲む石柱の尖端に光の粒子が流れ込んでいる。魔力に似ているが、単純な魔力ではなさそうだ。吸引されたなにかしらのエネルギーは石柱に彫られた溝を伝い、根本から魔法陣へと絶え間なく供給されている。

「ありゃ一体、なにをやってるんだ?」

 ユニコーンが石柱の一本を見上げながら何気なく問うた。

「この地――蒼谷市が特殊な街だということにあなたは気づきましたか?」

 全く関係のなさそうな質問でリベカに返され、ユニコーンはしばしの逡巡の後に軽く首を横に振った。

「いんや、普通の街に見えたぜ?」

「気にしなければそうでしょう。そもそも魔術として利用しようとしなければ気づくことはありませんわね」

「どういうこった?」

「あの街は構造的に『環』を描いていますの。市街地を中心として、住宅地や工業地帯などの区切りがドーナツ状になっていることは地図を見ればわかりますわね? 加えて張り巡らされた道路や電線、中心に流れる川、植えられた街路樹に至るまで魔術的な記号となり得る配置ですわ。単なる偶然か、それとも何者かの意図によるものなのか。そこまではわかりかねますが……」

 ユニコーンも蒼谷市に入る上で地図を見ている。思い出してみると確かに丸っこい形をしていた。

「土地にも力がありますわ。パワースポットとまではいかなくとも、龍脈の上に造られていることは間違いありません。葛木家が本拠を構えている理由はその部分が大きいでしょう」

「……つまり、どういうことなんだ? 俺様の質問に答えてるようには思えんけど?」

「『循環』を組み込む魔術にとって、これほど完成された土地はそうそうありません。その『循環』のエネルギーをこの地から吸収し、魔法陣に流しているのですわ」

 長い回り道を経てやっと説明されたが、ユニコーンにはイマイチ理解できなかった。単純な魔力ではなく、リベカの言う『循環』という要素に昇華された魔力で魔法陣を動かしている。そう勝手に納得することにしたが、恐らく間違ってはいまい。

「そのような理由で、『主』の転生体がこの地に現れたことは決して偶然ではありませんの。その転生体が彼女だったことは偶然でしょうけれど、『主』の転生された土地の力を利用することが復活の鍵になるのですわ」

 愛沙を攫ってさっさと蒼谷市から退散しなかった理由はそれらしい。

「輪廻転生ってやつか。つーか、生死を操作するような術はもはや神の領域だぜ? その『主』って奴は一応人間なんだろ? 人間ごときに使える術か?」

「『主』だからこそ行えた、と言うべきですわね」

「へえ」

 ますます持ってユニコーンは『主』という存在に興味が湧いてきた。

「そんだけ特殊な条件がわかってんなら、なんで最初から日本で活動しなかったんだよ?」

「無論、この蒼谷市の存在は『黎明の兆』結成当初から判明していましたわ。ですが、世界は広いのです。似たような土地もいくつか存在しますわ」

「そりゃそうか。んで、時期が来たからわざわざ安全なアトランティスから出て広域探知魔術で探した、と」

 アトランティスは外部からの探知に引っかからないが、内部からも外部の探知ができない。〈不可知の被膜〉の外を知れるのは実際に肉眼で見える範囲だけである。

 だからこそ『黎明の兆』はアトランティスに籠りっぱなしにはなれない。なにかを探す時には必ず外に出なければならないのだ。

 そもそもなぜ『黎明の兆』がアトランティスを所持しているのか?

 ユニコーンがリベカ・シャドレーヌの契約幻獣となった時には既に活動の拠点となっていた。真っ先に浮かんだ疑問だったが、聞いてみればなんのことはない。

 この大地も、ユニコーンやグリフォンと同じだった。それだけだ。

「てかリベカよ、本当にここに人を残さなくてよかったのか?」

 ユニコーンは術式の準備をしていた頃と比べてずいぶんと物寂しくなった際議場を見回した。

「先程も言いました。問題はありませんわ」

 コツン、コツン、とリベカは煩わしげに錫杖で床を小突く。これ以上その点に触れるな、そう彼女の態度が示している。

「んでもよう、『主』って奴の復活にはもうしばらくかかるんだろ?」

 だが、彼女の事情を知らないユニコーンとしては、訊かざるを得ない状況になっていた。

 際議場の入口から、周囲を警備していた構成員が吹き飛んできたのだ。それはリベカの側近をしていた神父以下数名だった。

「お客さん、来ちまったぜ?」

 意識を失っているらしい神父たちの横を素通りし、儀式を邪魔する敵が姿を現した。

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