Section4-6 鷲獅子の強襲

 強力な魔力の衝突をユニコーンは感知した。

 ――まったく旦那は仕事が速いぜ。

 戦闘が行われている方角を眺めて嘆息する。グリフォンとぶつかっている相手はウロボロスだろう。泥酔していた昨日より魔力の質は遥かにマシに思える。だが――

 ――さてさて、あの旦那相手にどこまで通じるかね。

 あのグリフォンはユニコーンが知る中でも全くの規格外だ。平気な面してドラゴン族を圧倒するような真似、普通のグリフォンには到底できない。無論、ユニコーンにも不可能だ。

 ウロボロスは不死だが、死なないというだけでいくらでも『殺し』ようはある。粉微塵に切り刻んで〝再生〟される前にバラバラに隔離するくらい、あのグリフォンならやってのけるに違いない。

「ユニコーンさん……?」

 遠くを見詰めたまま立ち止まっているユニコーンに、鷺嶋愛沙が不安そうに眉を潜めて訊ねた。

「いや、なんでもないさ」

 女の子の悲しむ顔は見たくない。それが敵でも利用する相手でも。だからユニコーンは首を横に振った。とはいえ、彼女はなにかあったことくらい理解しているだろう。もしかすると戦いが始まっていることも勘づいているかもしれない。

「そう、なんでもないんだね」

 それでも、愛沙は追及することなく表面上だけ納得した。訊いたところでユニコーンが答えるわけがないとでも思っているのだろうか?

「これからわたしは、どこに連れて行かれるの?」

 愛沙は代わりに別のことを訊ねてきた。心の中では不安や心配が渦巻いているだろうに、彼女は意志を強く、気丈に振る舞っている。

「リベカたちが準備してる儀式場だ。恐いだろうけど、まあ、ちょっと我慢してくれや」

「……なにをされるの?」

「そこは俺様にも詳しく聞かされてないんだよねぇ」

 適当にはぐらかしたが、ユニコーンはだいたい察しがついていた。『主』の復活。それがリベカたちの目的だ。そのために『主』の生まれ変わりらしい愛沙を連れて来たということは……最悪の想像なんて、幾通りもできる。

 ――ったく、クソッタレな役割だぜ。

 ユニコーンは心の中で舌打ちした。やはり自分はこの儀式には乗り気になれない。一人の女の子を泣かせるようなことをリベカたちはやっているのだ。その片棒を担がされては、『乙女の味方』を自称するユニコーンとしてはいい気分じゃない。

「……なんで俺、こんなことしてんのかね?」

「え?」

「あー、いやいや独り言独り言! 俺様ちょーっとナーバスなっちゃってるっていうか?」

 無意識に漏れてしまった心の声を聞かれてユニコーンは慌てて軽口で返す。この少女は下手すると敵である自分のことまで心配し兼ねない性格だ。リベカから聞かされた『主』という存在は知らないが、鷺嶋愛沙は『聖女』になれるとユニコーンは割と本気で思う。

 ――ホント、なにやってんだろうね、俺。

 この世界に召喚され、魔力の欠乏で消滅しかけていたユニコーンを救ったのがリベカ・シャドレーヌだ。ユニコーンを利用するためということは彼女を一目見た時から看破していたが、それでも一応は義理立てのつもりで契約した身である。だから彼女の命令は絶対……とまでは言わないが、基本的には全部忠実に従ってきた。

 魔術師連盟の施設をいくつも襲った。

 野良の幻獣を探しては集め、組織の魔術師に契約させた。

 寄りつく害虫も全て蹴散らした。

 本音は愛沙を今すぐ逃がしてやりたいが、ユニコーンはそうしない。せめて儀式の行く末は見届ける。命を救ってもらった義理立てはそれで完遂するはずだ。『主』という存在にも少しばかり興味があるし。

 ――悪いな、愛沙ちゃん。

 儀式上へと彼女を連れて行きながら、ユニコーンは心中で謝罪する。

 ――リベカたちの願いのために協力してくれや。けどもし危なそうになったら、その時は俺様が守ってやるからよ。


        ∞


 無数の高圧縮された魔力の塊が空中に飛び立ったグリフォンに向けて射出された。一つ一つが島の形を変えるほどの威力を秘めた光球はしかし、グリフォンが腕を一薙ぎして発生させた列風に煽られ全て届く前に爆発した。

 閃光。そして轟音。

 白く塗り潰された世界を突っ切り、ウロボロスは竜翼を羽ばたかせてグリフォンに切迫する。人間なら目を灼いているほどの光に怯んでくれれば幸いだったが、生憎と〝勇猛〟の鷲獅子に目眩ましなんて通用しない。

「今度はあんたが串刺しになる番です!」

「ほざけ、爬虫類ごときが天地の王に触れられると思うな」

 ウロボロスが突き出した黄金色の大剣――〈竜鱗の剣〉、もとい〈ウロボロカリバー〉は吸い込まれるようにグリフォンの右胸(人化状態での心臓)を狙う。だがグリフォンは左手の裏拳であっさり弾いた。そのまま右手でウロボロスの首根っこを掴む。が、黄金の鱗で覆われたウロボロスの首は爪を立てることも絞め上げることも許さない。

 ウロボロスがニヤリと悪い笑みを浮かべる。

「ハッ、流石は鳥頭ですね。忘れたんですか? あたしの剣の性能を」

 手首を軽く捻るウロボロス。握られていた大剣の刀身が伸長し、曲がりくねって背後からグリフォンの心臓に突き刺さる――ことはなかった。

 寸前でグリフォンは僅かに身体を横へ開き、空いていた左手で背後を迫る剣尖を受け止めた。

「無論、承知だが? 貴様が得意な子供騙しなど、怯むのはせいぜいあの駄馬以下の雑魚どもだけだ。それで王たるこの俺を討ち取れると思っていたのならば……フッ、笑わせる」

 グリフォンの右腕が旋風を纏う。

「裂けろ」

 瞬間、解き放たれた裂刃の颶風がゼロ距離からウロボロスの体を呑み込んだ。横方向に発生した竜巻に引き裂かれながら吹き飛ぶウロボロスだが、こんなそよ風で血を流すほど脆くはない。衣服のあちこちがズタズタになっただけだ。

 だがそれも、グリフォンは当然わかっている。

「――ッ!?」

 竜巻から脱出したそのタイミングで、先回りしていたグリフォンが風を纏った蹴りでウロボロスを背中から打ち落とした。さらに追撃で風刃を二発放つ。今し方の竜巻と違い切断に特化されたらしい風はウロボロスの〈龍鱗の鎧〉すら斬り裂いた。

 空中に迸った鮮血を見てグリフォンは満足げに口の端を吊り上げる。

「どうした? やはり仲間に加勢してもらった方がよいのではないか?」

「はん! こんなの掠り傷ですよ。すぐに〝再生〟します」

 地面に叩きつけられる前に竜翼で勢いを殺したウロボロスは、そのまま五発の魔力弾を射出して〈ウロボロカリバー〉を伸ばす。

 魔力弾は当たりもしなかったが、敵が回避している間に伸びた剣身が螺旋を描いて取り囲んだ。

「バラバラにしてやります!」

 ぐいっ。ウロボロスが柄を引く。螺旋状に広がっていた剣身が一気に収縮し、囲んだ獲物を絡めて刻んで血肉を絞り取る。

 しかし、猛禽の翼を大きく羽ばたかせたグリフォンの突風に薙ぎ払われてしまった。

 ――やっぱ、一筋縄じゃいきませんね。

 ウロボロスは忌々しげに舌打ちする。ヴィーウルの護衛で残ったウェルシュに加勢を頼みたい、なんてことはプライド的にありえないが、普通に戦っているだけでは目の前の強敵は倒せそうにない。

 ――戦法スタイルを変える必要がありますね。

 剣と拳と魔力弾、今まではこの三つがあればだいたい問題は解決していた。〝無限〟の魔力と〝再生〟に頼っただけの力技。ちょっと困れば〝貪欲〟で底上げもできる。だからこそ戦い方としては楽なのだが、ウロボロスとしての本質は半分も見せていない。

「ちょっとだけ本気の本気を見せてあげましょうか」

「強がりを吐くな。手を抜いていたようには見えなかったぞ」

 グリフォンは鼻で笑った。当たり前だ。今までもウロボロスは充分に本気だった。

 でもこれから『本気の本気』である。

「せいぜい油断することです」

 そう言って構えに入ろうとした時、ウロボロスは視界の端にそれを見つけた。

 海上を三隻のクルーザーがまっすぐこちらに向かって来ている。

 普通の船がこの島――アトランティスを感知することはできない。無意識に避けるような特性があるため、偶然近づくようなこともありえない。

 紘也たちだ。

 ウロボロスとウェルシュの魔力リンクだけを頼りに、紘也が葛木家を乗せた船を先導しているのだ。

 彼の存在を身近に感じ、ウロボロスは自然と頬が緩んでいた。

「まったく、遅いですよ紘也くん」

 あとはこちらが内部から〈不可知の被膜〉を破壊すれば、紘也たちがこの地に乗り込める。そう考えてウロボロスが魔力弾を生成しようとした矢先――

「余所見とは余裕だな」

「!?」

 背後を取られた。

 風を纏った手刀で竜翼が野菜のように切断される。防御が間に合わず、ウロボロスは頭を鷲掴まれて亜音速で大地に叩きつけられてしまった。


 それと同時に、森の中から噴き上がった紅蓮の火柱が〈不可知の被膜〉を突き破った。

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