Section3-6 葛木家襲撃

 蒼谷市西区の一画から黒い煙が轟々と吹き上がっていた。

 上がっているのは煙だけではない。怒声、悲鳴、爆音。大勢の人間が武器を手に戦っている音があちこちから響いている。

「全ては我らが『主』のために!」

「輝かしい『来世』のために!」

 神父やシスターの格好をした老若男女たちが一声に手に持った十字架を翳す。

「十字は死を滅ぼす聖徳なる矛!!」

「「「十字は死を滅ぼす聖徳なる矛!!」」」

 彼らの中の誰かが唱え、他の者も続けて復唱する。すると彼らが掲げた十字架が強烈に輝き、光の剣となって前方に射出される。

 狙った相手は日本刀を構えた黒装束の者たち――葛木家の陰陽剣士たちだ。

「かわせっ!」

「怯むな!」

「一気に畳みかけろ!」

 光の剣を人間離れした動きで巧みにかわし、陰陽剣士たちは敵に躍りかかる。神父やシスターたちは再び十字架を光の剣と化し、今度は射出せずに構えて陰陽剣士たちを迎え撃つ。

 剣と剣の激しいぶつかり合い。

 趨勢は拮抗し、葛木宗家の景観だけが悪戯に破壊されていく。

 しかし僅かではあるが、風は葛木家に吹いている。敵勢力の鎮圧は文字通り時間の問題となるだろう。

 人間対人間のみの場合だが。

「妖魔だ!」

「昨日と同じ種だけじゃないぞ!」

「関係ない! 討ち取れ!」

 上空から出現した妖魔はペリュトンだけでなく、多種雑多な姿をした魑魅魍魎たちがその背に乗っていた。

 だが阿鼻叫喚な百鬼夜行に対しても葛木家は臆さない。彼らが普段から相手にしている敵とは即ち、そういった輩だからだ。

 それでも数の力は葛木家が圧倒的に不利だった。なんの戦闘準備も行っていないところを奇襲されたため、宗家だけの戦力しかこの場にはなかったのだ。加えて少数だが選りすぐりの精鋭たちが葛木香雅里を護衛して鷺嶋神社へと出払っている。妖魔の出現により戦局は逆転しつつあった。

 と――

 葛木家の誰もが自分たちの不利を自覚し始めたその時、突然飛来した複数の氷塊が上空を旋回する数体のペリュトンを串刺した。断末魔の悲鳴を上げてペリュトンたちは落下し、地面に叩きつけられる前にマナが乖離して霧散消滅する。

 葛木家の援軍が到着したのだ。

「みんな無事!?」

 少数人の黒服を引き攣れて現れたのは、まだ二十歳にも達していない少女だった。

「香雅里様!」

「香雅里様が来てくださった!」

「もう我らに敗北の文字はない!」

 陰陽剣士たちの士気が爆発的に跳ね上がる。葛木香雅里は炎の光を不思議と青白く反射する日本刀を携え、一族の者の身を案じつつも敵集団に特攻する。

「十字は反逆を打ち据える神性なる罰!!」

 一人の神父が肉迫してくる香雅里に向けて十字を突き出す。香雅里は構わず日本刀――葛木家の宝剣〈天之秘剣・冰迦理〉を袈裟斬に振り下ろす。

 ガン!

 鉄板をぶっ叩いたような痛撃が香雅里の手首から全身に浸透した。

「結界?」

 いや違う。それだけじゃない。

 神父が握る十字架に淡い輝きが宿った次の瞬間、咄嗟に距離を取った香雅里に向けて不可視の衝撃が放たれた。

 ――衝撃の反射!?

 即座に相手の術式を看破した香雅里はサイドステップで衝撃をかわす。そこに――

「「「十字は死を滅ぼす聖徳なる矛!!」」」

 別の神父たちが合唱し、無数の光の剣が乱れ飛ぶ。香雅里は一本一本の軌道を正確に見極めつつ、紙一重でかわしながら滑り込むように神父たちへと切迫する。

「十字は反逆を打ち据える――」

「同じ手は喰らわない!」

 香雅里は冰迦理に魔力を流す。冷気を纏った刀身は先端を氷の刃として拡張し、神父が唱え終える前にその横腹を深く刺突した。

「ぐがっ」

 短い悲鳴を漏らして膝を折る神父。だが彼の仲間はそんなことになど一切気にかけず光の剣を射出する。

「鬱陶しい!」

 香雅里は冰迦理をその場で大きく一薙ぎした。すると無数の氷の槍が飛び放たれ、光の剣と衝突し爆散する。神父たちが次の詠唱に入ろうとするが、遅い。術のスピードでは詠唱や魔法陣をほとんど必要としない葛木家に分があるのだ。

 特に宝剣の能力を有する香雅里は葛木家最速と言っても過言ではない。

 神父たちは次の詠唱を始める暇すらなく、氷の砲弾を叩きつけられて昏倒した。

 それを認め、香雅里は最初に倒した神父へと歩み寄る。襟首を掴み上げ、意識があることを確認して冰迦理の刃を首筋に添える。

「あなたたちはなに? なぜ葛木を襲う?」

 問い詰めると、神父は口元をニィと歪めた。

「別に……君たちに恨みはないし、ここに欲しいものがあるわけでもない」

「ならなぜ!」

 さらに香雅里が問うと、神父は死んだ魚のような目をして口を開いた。

「私はただ、我らが『主』のために」

 ピン、と。

 なにかが外れる音がした。

「輝かしい、『来世』のために」

「――ッ!?」

 香雅里は驚愕した。神父が握っているのは十字架ではなく、小さなパイナップルのような形をした黒く無骨な物体だった。

 ――手榴弾!?

「この命を果たす!」

 刹那、神父を中心に凄まじい熱と煙と衝撃が広がった。通常の手榴弾よりも威力が馬鹿げていることは爆発の痕跡を見れば明らかだ。隕石でも落下したように地面が大きく抉られ、神父の体は肉片すら残らず消え去っていた。

「なん……なの……?」

 間一髪で神父から離れていなければ、香雅里も同じようにこの世から消えていただろう。

 背筋に冷たいものが走る。得も知れぬ悪寒が肌を粟立てる。

 そして、最悪の事態が香雅里の眼前で繰り広げられることとなった。


「全ては我らが『主』のために!」「輝かしい『来世』のために!」「全ては我らが『主』のために!」「輝かしい『来世』のために!」「全ては我らが『主』のために!」「輝かしい『来世』のために!」「全ては我らが『主』のために!」「輝かしい『来世』のために!」「全ては我らが『主』のために!」「輝かしい『来世』のために!」「全ては我らが『主』のために!」「輝かしい『来世』のために!」「全ては我らが『主』のために!」「輝かしい『来世』のために!」「全ては我らが『主』のために!」「輝かしい『来世』のために!」「全ては我らが『主』のために!」「輝かしい『来世』のために!」「全ては我らが『主』のために!」「輝かしい『来世』のために!」「全ては我らが『主』のために!」「輝かしい『来世』のために!」「全ては我らが『主』のために!」「輝かしい『来世』のために!」


 一人の神父の自爆を皮切りとして、倒れていた神父やシスターたちがあちこちで爆発を引き起こす。無論、自分の身を犠牲にして。

「なんなのよ……これ……?」

 瞠目し、香雅里はその光景を眺めることしかできなかった。

「……狂ってる」

 誰も彼も躊躇うことすらしない。まるでこの場に命を捨てに来たような潔さだ。――否、実際にそのつもりだったのかもしれない。

「どうして……?」

 爆発は連続する。ついにはまだ立って戦える神父やシスターたちまでもが自爆を始める状況に、香雅里は身体を震わせ、金縛りにでもあったかのように動けなくなっていた。

 その時だった。

「なにを呆けておるんじゃ!!」

 喝ッ!! と威厳に満ちた老齢な怒声が葛木家全体に響き渡った。

 香雅里は反射的に振り返る。白髭と白髪が目立つ矍鑠とした老人が屋敷の縁側に仁王立ちしていた。

 香雅里の祖父にして葛木家現宗主――葛木玄永だった。

「一人でも多くの自爆を阻止せんか馬鹿もんがっ! それでも葛木の人間か!」

 ――ッ!?

 宗主の言葉に威圧され、香雅里を含む棒立ちになっていた葛木家の陰陽剣士たちはハッと我に返った。意識するまでもなく体が動き、残っている妖魔を蹴散らしながらまだ自爆していない神父・シスターを気絶させていく。

 その中で香雅里は最初に爆死した神父の言葉を思い出していた。


 ――君たちに恨みはないし、ここに欲しいものがあるわけでもない――。


 冷静になった頭がその言葉の裏側に秘められた本来の目的を予測する。

 ――同じだ。昨日の昼間と。

 敵は葛木家と戦うためだけに来たのだ。勝とうが負けようが関係はない。葛木家の者たちをここへ集結させさえすれば、彼らの目的は達成される。

 即ち、これも陽動だ。

 ――気をつけなさい、秋幡紘也。

 もはや簡単には戻れない距離にいる大魔術師の息子を思い浮かべる。

 ――たぶん、あなたの予想は外れてないわ。

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