Section3-4 宝剣強盗
峻烈な戟音が岩壁内に反響していた。
浮遊する三本の宝剣を巧みに操る宝剣強盗に、ウロは大剣一本で切迫している。三本の刃が仕掛けてくる軌道の読めない乱れ突きや薙ぎ払いを、ほとんど直感だけで彼女は回避、または受け流して自分の刃を敵の懐へと強引に捻じ込む。
しかし相手もそれで手傷を負うようなヘマはやらかさない。宝剣を握っていないため両手が常にフリーの男は、迫りくる大剣の腹を撫でるように打って逸らす。そのまま足払いをかけ、ウロがつんのめったところに正拳突きを叩き込む。
中国拳法よろしく無駄のない挙動。周囲に展開している宝剣だけでも脅威に値するのに、術者自身も体術に秀でている。まるで隙が見当たらない。
「――燃えろ」
後方にぶっ飛んだウロへ向けて櫛状の日本刀が火を吹く。焦熱の火炎放射が大蛇のごとく宙を這い、彼女を丸呑みにした。
「ウロ!?」
紘也は思わず叫んだ。省エネモードの『人化』状態とはいえ、幻獣ウロボロスにここまで張り合える人間が存在するなど想像もしていなかった。
「あちち……んもう! 服が燃えちゃったじゃあないですか!」
だが、見た目はボロボロでも彼女はノーダメージのようだった。ドラゴン族の幻獣があの程度でやられるはずがないと知っていたのに、紘也はどこかほっとした。
「――貫け」
男が唱えるように呟く。と、剣尖の平たい直刀が地面に突き刺さった。その瞬間、巨大な岩の槍が地面から飛び出してウロを襲う。
「貫けるもんなら貫いてみれば?」
ウロは回避するでもなく槍に向けて突進する。そして両者が衝突する寸前、ウロは大剣を握っていない左手の甲で岩槍を横殴りにした。
派手な破砕音を上げて槍が爆散する。見るとウロの左腕には金色の鱗がびっしりと貼りついていた。〈竜鱗の鎧〉と呼ばれるウロボロスの絶対防御能力だ。
それでも宝剣強盗は動揺を見せない。
「――押し潰せ」
二重刃の曲刀が動く。ウロの上空に移動した宝剣から不可視の力が圧しかかる。強力な下降気流はしかし、サイドステップでかわされた。
「――斬り裂け。――呑み込め。――焼き尽くせ」
男が腕で空気を薙ぐ。それぞれの宝剣に魔力が籠る。上方から裂風が疾り、下方から岩塊が隆起し、前方から炎弾が飛ぶ。
「あいつ、三本の力を同時に操れるのか」
ますます底が知れない。これほどの術者なら単独で陰陽師を襲撃して回っていたことも頷ける。
「無駄無駄無駄ぁあっ!!」
三方から迫る三属性の力に対し、ウロは一度後ろに飛んで〈竜鱗の剣〉を振るう。伸長した大剣の剣身を鞭にように撓らせ、風を、火を、土をことごとく薙ぎ払った。
「お返し!」
大剣を元の長さに戻したウロは掌に出現させた魔力弾をぶっ放つ。純粋な魔力が凝縮された光を前に男は微動だにしない。代わりに二重刃の曲刀を操作し、風の防御壁を張った状態で間に割り込ませる。
パァン! と弾ける音。爆光が岩壁内を蹂躙する。紘也は咄嗟に目を庇った。
「目眩ましのつもりか? くだらんな」
「そいつぁどうかな?」
男の真横に回ったウロが大上段から大剣を振り下ろす。確実に男を捉えると思われた一撃だったが、剣尖の平らな直刀で防がれてしまった。
組み合った状態のまま両者は睨み合う。が、拮抗はしない。ウロと違って男は空いている手がまだ四本あるのと同じなのだ。櫛状の日本刀を操り、ウロの額をロックオンする。
「終わりだ」
シュッと空気を裂いて櫛状の日本刀が刺突される。それは組み合って動けないウロの頭部を容赦なく貫いた――ように見えた。
櫛状の日本刀の刃は、ウロの額に浮き出た〈竜鱗の鎧〉を少し傷つけただけだった。
「思ったより硬いな」
ボワッ! と刀身から凄まじい勢いで炎が展開される。宝剣強盗はそれで彼女が後ろへ下がると思ったのだろう。
「――ッ!?」
驚愕に目を見開く宝剣強盗。ウロは果敢にも炎幕を突き破ってきたのだ。
「こんな炎、腐れ火竜のと比べたら冷水と一緒だね!」
「チッ」
男は散らばっている宝剣を呼び戻しながら素手で大剣を捌こうを身構える。が――
「そう何度も防がれるウロボロスさんじゃあありませんよ!」
「なにっ!?」
ウロはいつの間にか〈竜鱗の剣〉の剣身を伸ばし、無作為に張り巡らせていた。これではどこから切っ先が狙ってくるか判断できない。
流石の宝剣強盗にも少しばかり焦りが見えた。右か、左か、やはり後ろか。そんな風に死角を警戒している。
だから、意表を突かれた。
「おらぁあっ!!」
女子とは思えない勇ましい叫びと共に、ウロの鉄拳が男の顔面を捉えた。よく見えないけど割と美形だと思われる顔が変な風に歪み、彼は錐揉み状に吹き飛んで岩壁にしたたか打ちつけられた。
「がっ!?」
吐血する。浮遊していた宝剣たちが乾いた音を立てて地面に転がった。
「さてさて、ここまでのようだね」
ウロに剣先を突きつけられ、男は唸る。
「フン、剣すら囮だったとはな」
どう見てもチェックメイトだが、男から余裕は消えていないように思えた。まだなにを仕掛けてくるか油断ならない。だけれど、紘也は二人の下へと歩み寄る。
「約束だ。お前の目的を言え」
「紘也くん紘也くん、別にそんな約束とかしてなかった気がするんだけど」
「お前は黙ってろよ! もしかしたら喋ったかもしれないだろ!」
元から期待の薄かった策略は味方のせいで打ち砕かれてしまった。
「…………」
やはり男はだんまりを決め込む。と思ったら、僅かに彼の唇が動いた。
「大切な物を守るため、俺には力が必要。それだけだ」
「「へ?」」
不意打ちだった。紘也とウロは絶対に喋らないと確信していたため、男の言葉を理解するために数瞬の硬直時間を必要としてしまった。
その隙を宝剣強盗が見逃すはずがない。
三本の宝剣が息を吹き返したように浮遊し、それぞれの属性攻撃が紘也たちに襲いかかる。
「紘也くん!」
ウロが紘也を抱えて跳躍してくれなければ危うかった。五体をバラバラに切断された上に串刺しにされ、芳ばしく焼き上がるところだった。
男が立ち上がり、口元の血を拭う。宝剣は彼の周囲で再び円運動を始める。
仕切り直しか。そう思った直後だった。
ミサイルでも打ち込まれたような爆音が轟き、岩壁の上部が粉砕した。
そこに見えたものは真紅に煌めく炎、それと同じ色の翼を羽ばたかせる少女だった。
「ウェルシュ!」
少々到着が遅いように思えるが、外でも戦闘があったことは魔力の衝突を感じられたことからわかっていた。相手は恐らく宝剣強盗が連れていた幻獣。存外に手こずっていたようだ。
黒いなにかが落下してくる。地面と激突して呻くそれは、三本脚の巨鳥だった。
「ヤタガラス!?」
どこまでも冷静だった宝剣強盗が初めて明確な動揺を見せた。
「幻獣ヤタガラス。世界の幻獣TCGだと、フィールドに出た瞬間に闇属性の幻獣を一掃するレアカードだね。闇デッキをメタる時にはめちゃ強なんですよ」
ウロボロスのなんでもカード解説は適当な場所に放り投げておき、紘也は敵の幻獣を注視する。見る限りズタボロだが、どこにも欠損部分は見当たらない。ウェルシュの〈拒絶の炎〉をまともに受けたわけではないようだ。
「申し訳ない、我が主。やはり竜族相手ではそれほど時間を稼げなかった」
喋れるんだ、と紘也は『人化』もしくは人に近い姿の幻獣以外が人語を口にしたことに少し驚いた。
「仕方ない。一旦退く」
諦めたように男が決断する。逃げる気だ。
「ウロ、ウェルシュ、絶対に逃がすなよ!」
「あったりまえさ!」
「了解です、マスター」
地上にはウロ、上空にはウェルシュがいる。たとえこの岩壁を消したとしても、今度は香雅里や夕亜が合流することになる。逃げられる穴などない。
「最後の宝剣はまだ貴様に預かっていてもらおう。できるだけ早めに手にしたかったが、貴様ほどの術者だ。在り処を喋ったところで手が届くような場所には置いていないだろう」
正解。ウロボロスの無限空間はウロボロスだけが開くことができる。
「どの道、時が来れば出さなければならないのだ。――やれ、ヤタガラス」
「承知!」
突如、ヤタガラスから目を灼くような白光が発せられた。紘也たちは目が眩んだと同時に突風に襲われ吹き飛ばされる。
巨大な風の渦。これでは上のウェルシュもたぶん吹き飛んでいる。
勢いの衰えない風圧に、紘也は動くことができない。
そのままどのくらい経っただろう。風が止み、視力が回復した頃には、宝剣強盗とヤタガラスの姿は影も形もなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます