Volume-02
Section0-1 プロローグ
地面を打つ激しい雨音が真夜中の静寂を破っていた。
陰陽師の名家である百済家。その宗主――
齢七十二。両目を閉じ、不動の姿勢を崩さない彼の姿からは、積み重ねた年月に相応しい威厳が放たれていた。
「……来るか」
静かに瞼を開く時政。雨音に混じり、遠くから悲鳴のような叫びが幾重にも響いてくる。それは時政のいる部屋へと次第に近づいており、やがて、ピタリと止まった。
時政はギンとした眼光で目の前の襖を射る。
数秒の沈黙。
ザッ! と襖に穴を穿って銀色のなにかが飛び込んできた。
刃物。それも櫛状の刀身をした奇妙な日本刀だった。
「――ぬっ!」
時政が顔の前で印を結ぶ。すると奇妙な日本刀は見えない力場に阻まれ、時が止まったかのように空中で停止した。
瞬間。
ボワッ! と日本刀から灼熱の業火が爆散した。瞬く間に部屋中が火の海と化し、炎は時政へと襲い来る。が――
「温いわっ!」
叫ぶと同時に時政の周囲に無数の護符が展開される。次の瞬間、護符から発生した不可視の衝撃波が荒れ狂い、全ての炎を消し飛ばした。
間髪いれずに時政は印を結び、衝撃波を操って日本刀ごと襖を吹き飛ばす。下手をすれば屋敷が崩壊する威力に、襖の奥にいる襲撃者は五体満足でいられるはずがない。
そう、時政は確信していた。
襲撃者が無傷で部屋の中へと足を踏み入れてくるまでは……。
「今の攻撃を防ぎ切るとは、流石は百済家宗主と言ったところか」
襲撃者は真夏なのに黒いロングコートを纏い、顔の下半分をマフラーらしき長い布で隠していた。声から察するに若い男性のようだが、それ以上のことはわからない。
「何奴だ、貴様。この儂を殺しにでも来たのか?」
「抵抗するならばそれもあり得る。俺の狙いは最初から、貴様の後ろに大切そうに飾ってあるそいつだ」
襲撃者の男が指差すは、本床に飾ってある半分焼け焦げた風神の掛け軸――ではなく、その下に置かれてある漆塗りの鞘に収まった刀だった。その刀の周囲は、結界でも張られていたかのように不自然な焦げ跡が形成されている。
「……なるほど、我が百済家の家宝が目当てだったか。となると、貴様が最近噂になっておる宝剣強盗か?」
「答える義理はない」
時政の問いを、黒衣の襲撃者は一蹴する。
「おとなしくそいつを渡せ。貴様らが持っていてもどうせ使わないだろう? 宝の持ち腐れになるより刀のためになると思うが?」
「ほざけ。貴様の方こそ、各地から盗んだ刀を返してもらおうか。今ならばまだ、痛い目を見るだけで済むぞ?」
フッ、と黒衣の男が失笑した。
「あくまで歯向かう、か」
男はコートから陰陽師の護符に似た紙を取り出し、空中に投げた。すると紙が弾け、ぐにゃりと空間が歪み、そこから一振りの剣が出現する。剣尖が平坦な直刀。それが男の周囲で円運動を始める。さらに、どこかへ飛んでいったはずの櫛状の日本刀までもが、男の下へ戻り同じように円運動する。
「ならば、死ね」
二本の宝剣を従えた男がそう言った途端だった。天井が崩れ、足が三本ある漆黒の怪鳥が奇声を上げて飛び込んできた。
「なっ、妖魔だと!?」
頭上を見上げて驚愕する時政。
その隙が命取りとなった。
「ぐふっ!?」
ずぶり、とした感触。見ると、二本の宝剣が時政の胸部と腹部に突き刺さっていた。痛みも感じる暇もなく、時政は自分の血溜まりの中に沈んだ。
男は時政を跨ぎ越え、百済家の家宝を手に取る。
「これで三本揃った。残りは葛木家にある一本、か。流石に葛木へは単身で攻め込めないが……まあ、時期が来ればどうとでもなる」
それだけ呟くと、男は漆黒の怪鳥に跨り、何処へと飛び去った。
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