第四十七章 13

 純子達の登場に、尊幻市の住人たちはざわついた。しかもオアンネスを味方にしているかのようにつき従えている。

 それを見て争っていたオアンネスも戦闘行為を中断する。


「雪岡純子だ……。目真っ赤。超可愛い」

「殺人人形もいるぞよ。実物はほんまに小っさいのー」

「なあ、あの細い女の子、髪長すぎじゃね?」

「おおお……雫野累だ……。実物は神々しいまでに美しく可憐だな。御目にかかれて感激だぜ。土下座して頼み込んだらしゃぶらせてくれるって聞いたけど、本当かな?」

「つーかヒューマノイド連れてるってどういうことだ?」


 住人達のひそひそ声の幾つかは、純子達の耳にも届いていた。


「うっひゃあ……御先祖様、すげえこと噂されているようだけど……」


 累のことを語っていた男の台詞を耳にして、みどりが思いっきり引きつり笑いを浮かべて、累の耳元で囁く。


「聞かなかったことにしてください」

「いやいやいやいやいや……聞かなかったことにしてください、じゃねーぜィ。そこははっきりと否定しないと駄目だよォ~」

「私も凄く興味あるし、それはまあ、後でじっくり問いただそうねー」


 累の回答に、みどりは薄ら寒いものを感じる一方で、純子は頭の中でストーリーをいろいろと想像して、にやついていた。


「えっとー、ちょっと聞いてくれないかなあ。そのヒューマノイドはオアンネスって言うんだけど、私が責任もって預かるんで、引き渡してもらえないかなー?」


 純子が周囲の住人を見渡して、訴える。


 裏通りの有名人であるというだけではなく、尊幻市のお騒がせ人物でもある雪岡純子に歯向かう者はいなかった。

 一方で純子が助けたオアンネス二人が、この場で争っていたオアンネス数人を説得している。純子達と言葉は通じていないが、純子が自分達を保護しようとしている事は、彼等にもわかっていた。


「ぐぴゅぴゅっ、君はいつもそうやって上手いこと立ち回るよな。それがあたしは気に入らないんだぞ」


 史愉が言葉通りに不機嫌さを露にして、純子に声をかける。


「約束を反故にする子だとはわかっていたけど、それが私に対する明確な敵対行為だってことは、承知しているよねえ?」


 純子が史愉に顔を向け、意味深な口調で言った。


「わっはっはっはっ、約束を破ってはいませ~ん。解放するとは言ったけど、どこで解放するとか決めてないし、解放した後で愚民共を煽ってこいつらを襲わせないとも言ってない。そもそもあたしは最初から君の敵ッスから。ぐぴゅぴゅ。どうぞ好きなだけ敵視しておくれ。そのつもりで呼んだんだしー」


 おちゃらけた口調で笑い飛ばした後、舌を出す史愉。


「第一ね、純子や、君はいつからそんなに甘い子になったんだ? あたしは物凄く失望してるぞ。マッドサイエンティストはもっと非道でなくちゃ駄目だろ~が。全て力でねじ伏せるべきだぞ」

「いや、マッドでも科学者なんだから、知識と知恵で立ち回ろうよ……」


 史愉が力説するも、純子は困り顔で頬をかく。


「第一さあ……ふみゅーちゃんはただひたすら、自己抑制が効かなくて協調性が無くて自分本位なだけじゃなーい。それでトラブルも起こしまくってるし、そのせいで一時期、象牙の塔に引きこもりのぼっちになっちゃったし、人付き合いが全くできない性分だよねー。まともに世渡りができないっていうか……」

「でも今はハリー・ベンジャミンの下で働いてるんですよね?」


 累が口を挟む。


「うん、それは私もちょっとびっくりしている。ふみゅーちゃんみたいな子を手懐けるなんて、ハリーさんがよっぽど凄いのかなあと思ったけど、まあ、今見た感じ、完全に調教できてるわけでもないみたいだねー」

「調教とか言って、それで煽ってるつもりっスか~? 堕落したマッドサイエンティストめ。こんなのがあたしより格上扱いとか、実に嘆かわしいぞ。何とかしないとっ」


 胸の前で両拳を強く握って振るわせる史愉。


「ある意味、マッドサイエンティストのイメージに沿ったマッドサイエンティストとも言えるな」

「えー……私はそうは思わないけどなあ。あれがマッドサイエンティストのスタンダードって、世間では見られてるのー? それは嫌だなあ」


 真の台詞を聞いて、肩を落とす純子。


「つかねー、君達なんでそんな奴等のために動いてるの? そのゲテモノバケモノに恩があるわけでも無し、そういう安っぽいヒューマニズムって、あたしには理解できねーっス」


 史愉が少し真顔になって尋ねる。


「恩は無かったら売るものなんだよねえ」

 にっこりと笑って答える純子。


「なるほど。それはあたしにも理解できるが、その原始人みたいな奴等に、果たしてそんな概念理解できるかねえ。そして、恩を売るほどの価値があるっての? わかんねーっスねー」

「ふみゅーちゃんは本当に変わらないねえ。アルラウネの研究でも、独断でアルラウネを殺しかねない実験をしていたし。せっかく協力的だってアルラウネが、あれで一時期心を閉ざしちゃって、研究に大きな遅延が出たんだよねえ。ふみゅーちゃんのその即物的で直線的なやり方はさあ、実を結ばないんだよ。土の中を穿り返して種をついばむような――」

「しゃらっぷっ! あたしに説教は許しマセーン。あたし様を誰だと思ってるのっ。音木史愉なんだぞっ。たかが雪岡純子風情が説教したらダメダメダーメ」


 変顔しながら首をぶんぶんと横に振りまくる史愉を見て、真累みどりの三人はもちろん、野次馬と化している尊幻市住民達も呆れている。


「論破されたから悔しくて、あーあー聞こえないモードに入ってるだけだな」

「いつもこうなんだよねえ」


 真が半眼で言い切り、純子が溜息をつく。


「それって典型的な成長しないタイプじゃんよォ~」

「ミルクと雪岡を足して四で割って劣化させて、三倍くらい悪くした感じだな」

「真の表現、わかるような……わからないような……」

「それなら素直に悪い所だけ取ったといおうよ」


 みどり、真、累、純子がそれぞれ喋る。


「ぐぴゅうぅぅ……好き放題言ってくれちゃってもう~。こうなったら、最後の戦いだっ」

「いや、最後の戦いとか勝手に決められても……。もう私は得るもの得たから、帰るよ?」

「ふっ、これからする、とっておきの話をしても、なお帰ると言い張るかな~?」


 つれない態度の純子にも、史愉は慌てることなく、自信満々に笑う。


「明後日行われるハリーの引退ライブが、すげー祭りになるっスよ。あたしはこの時のためにここにいると言っても過言ではないぞ。ぐぴゅ。純子、ここで帰れば後悔は必至ッスよ?」

「へーい、自殺ライブをする気なんじゃねーの。メギドボールを模倣してさァ」


 みどりの指摘に、史愉の表情が露骨に変わった。ニヤニヤ笑いが消え、あんぐりと口を開けて、みどりを見ている。


「隠し事できないタイプのようですね」

 累がぽつりと呟く。


「何でわかったのかって顔しているから、教えてやんよ。あたしも同じタイプだからだわさ」

 ニヒルな面持ちでみどりが言った。


「自殺ライブって、メギドボールみたいに客も巻き添えにするのか?」


 真には信じられなかった。先ほど会ったハリーは、とてもそんな人間には見えない。


「んー……ふみゅーちゃんの反応見てる限りでは、それっぽいね。それに、ライブにふみゅーちゃんが必要って事も、ふみゅーちゃんがやたら自信ありげだった事を考えてみても、相当に凄い騒ぎを起こすつもりだろうし、尊幻市をフルオープンしてファンを呼び込んで……」

「わっはっはっはっ、バレちゃったらしょーがないっ。その通り! ハリーの引退ライブ、これ即ち自殺ライブ! 尊幻市を地獄に変え、殉死者いーっぱい出して、歴史に名を刻むつもりなのだ! わっはっはっ……」


 やけくそになって、大勢の尊幻市住民もいる前で、最重要秘密事項をバラしてしまう史愉。


「で、ふみゅーちゃんは何をするつもりなのー?」

「ぐぴゅ……それを教えて引き止めようと思ったけど、もう一つの知られちゃいけないこと知られちゃったから、もうお前等帰っていいぞ! つーかもう帰れ! しっしっ!」


 嫌そうな顔で手を振った後、史愉は城の中へと戻っていく。


「ふえぇぇ……帰るなと引きとめたり帰れと言ったり、この人滅茶苦茶だよォ~」


 その後姿を見送りながら口にしたみどりの言葉に、純子達も尊幻市の住民達も心底同感だった。


***


 純子達はさらに四人のオアンネスを加え、計六人のオアンネスを連れて、アジ・ダハーカへと戻った。当然、運転はみどりがした。

 酒場の一階にて、新たに加わったオアンネス達は一息ついている様子であった。


「これからどうするんですか?」

「雪岡研究所に戻ろう。この人達を研究所に運んで保護する形で研究しよう。ここにいるとまた何かトラブルに巻き込まれる可能性もあるしさー」


 累に問われ、純子が答える。


「あの馬鹿女とは付き合わないのかー」

「いいや、その自殺ライブ当日にまた乗り込むよ」


 みどりの言葉に、純子は小さくかぶりを振って微笑む。


「オアンネス達は私の興味を引く餌。でもふみゅーちゃんの本命が、その自殺ライブにあるのは間違いないよ」

「罠にかけようとしているのに、わざわざ踏みに行くのか?」


 愚問は承知のうえで、真が確認する。これが純子の平常運転だ。


「ある面においては、あの子は私と同じタイプのマッドサイエンティストなんだよねー。マッドサイエンティスト同士の争いっていうのは、発明品やら研究成果の自慢合戦なんだよ。別に私を殺そうとしているわけじゃなあいからさー」

「さっきは用が済んだから帰るとか言ってたくせにー」

「あれは史愉ちゃんの反応をさらに引き出すためのフェイクだよー。まんまと引っかかってたし」


 みどりに突っ込まれ、純子は人差し指を振りながら微笑んでみせる。みどりはそれで納得する。


「これまた雪岡のいつものやり方だ。僕も散々昔叩き込まれたけどな。他者の興味を惹く、または印象づける挙動の一つとして、冷たい態度を取ったり、聞こえなかった振りをする」


 純子に教えられた処世術ではあるが、純子はあまりそれを実践してはいないようであるし、真も滅多に使わない。日頃からそんなことばかりしていたら、ただの嫌な奴になってしまうので、それも当たり前の話ではあるが。

 ふと、純子がオアンネス達の方を見る。つられて他の三人も視線を向ける。


「どういう文化か、もっとよく知りたいし、できればこの人達の住んでいる場所にも行ってみたいよねえ。ふみゅーちゃんはそこまでの興味が沸かなかったのかな? 一方的に研究材料にしたり改造したりとかさあ……」

「仲良くしといた方がお得って話だよね~。あばばあばあばばばば」


 史愉の考えの至らなさに純子は呆れる一方、みどりは史愉をあてつけるかのように笑っていた。

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