第四十六章 9

 白金太郎は不安と焦燥と苛立ちで、いてもたってもいられなくなっていた。


「うがーっ、何で百合様に繋がらないんだーっ」


 いくら電話をしても繋がらない。この時百合は祠へと入り、地下にいるので電波が届かないのだが、そんなことを白金太郎はそんなことを知る由も無い。


「百合様と亜希子はどこにいるかわからないし……。困った困った」


 先程から電話をかけつつ、必死に村の中を駆けずり回っている白金太郎である。


「二人共どこに……。あ、もしかしたら……」


 ここでふと白金太郎は思いついた。


(亜希子になら通じるかもしれない)


 電話をかけると、すぐに亜希子が出た。


『もしもし? 睦月は見つかったの?』

「見つかったよっ。ていうか、百合様にいくら電話かけても出ないのはどういうわけ!? 百合様の身に何かあったんじゃないだろうね!?」


 ついつい声を荒げてしまう。


『地下に潜ったからだよ。この村で信仰されている神様か何かを調べにいくってさー」

「よかった……。何かヤバい事態なのかと思って、はらはらした」


 亜希子の話を聞いて胸を撫でおろす白金太郎。


『で、睦月は?』

「実は……」


 白金太郎は亜希子に先程の睦月と戦闘や、真っ黒い少年の件を報告した。


『それ本当に本当なの?』

「嘘を言ってどうするんだよっ。で、その祠ってのはどこにあるんだ?」

『ちょっと今大事な話してるから切るわ~』

「こら待てーっ!」


 一方的に電話を切られ、白金太郎は怒声をあげた。


***


「えっとねえ……。衝撃的なことを言ってしまうけどねえ、君達が神様と崇めている無那引様は――つまり、黒之期の最後に出てくるあの芋虫みたいなのは、神様でもなんでもないんだよ。少なくとも魂は宿ってないんですよね。肉のロボットとでも言えばいいのかなあ」


 言いづらそうに語りだした七久世の話に、村人達は啞然とした。


「焦らないで話を聞いてくださいね~。でもね、無那引様そのものがいないわけではない。無那引様はこの村にいるんだよ。皆見ているし、知っている」


 そう言って七久世が横を見て、一本の木を指差した。

 いや、七久世が指差したのは、木ではなく、木の根元に置かれた、頭部は赤く胴体の黒い木彫りの人形だ。村のあちこちに置かれているものだ。


「あれが……?」

 村人達がさらに啞然とする。


「魔寄せの人形――という認識だよね? 実際それは事実でもある。でもそれだけじゃあないんだなー。それは結果的にそうなっているだけなんだよね。あれは大昔にばらばらにされた付喪神の成れの果てなんだ。でも、ばらばらにされた今現在でも、無那引様は存在している。そしてこの地を呪縛している。黒之期という呪縛をかけている」


 村人達が崇める無那引様が、村に呪縛をかけているという話は、にわかに信じがたい代物だった。特に年配層は受け入れるにはキツい話だった。しかし改革派の若者達の何人かは、それで納得がいった。


「ああ、条件が整ったうえで、あれを一箇所に全て集めれば、無那引様は元の姿で蘇るよ」


 きっぱりと断言する七久世。


「見えてきたわ~。その条件を整えるのが、この村の風習、儀式そのものってことじゃないの? 何百年もかけて怨念を集めて――その恨みを糧に無那引様復活とか、そんなんでしょー」


 亜希子が口を挟み、村人達は愕然とした。


「それはいかにもありそうな憶測だね。それが真実かどうかはさておき」


 亜希子を見てにっこりと微笑む七久世。


「ま、その方法は知ってるけど、これは流石に僕だけの判断では喋れないかな。僕は無那引様そのものを見たことがあるし、斃される場面も見た。無数の人形に変わる場面もね。その後、この村では死んだ無那引様を崇め始めたのさ」

「真相を知っていながら、何百年も黙ってこの村を見ていたっていうの!?」


 葉子が七久世を睨んで声を荒げる。


「やめよ、葉子」

「だって!」


 祈祷師が葉子を睨むが、葉子の気は収まらない。


「ごめんなさいね。でも喋る必要も無かったんだよ。今までのこの村は、真相を語った所でどうにもならなかったからさ。でも今になってようやく状況が変化して、語る意味があると判断して、こうして真相を口にしているんですよ」


 激昂されるのも見越していた七久世は、穏やかな口振りのまま話す。


「なあなあ、業者であるあんたが、どうしてそんな重要情報を知っているんだ? そして、知っててずっと黙っていた理由は、今の答えではとても納得できないと思うよ。以前からこの村に出入りしてるんでしょ?」


 やや煽るような口振りで、修が皮肉げな笑みを浮かべて尋ねる。


「虹森修君かー。始めまして。君がいるということは、星炭流の継承者もここに来ているってことだよね」


 修の方に向かってにっこりと笑う七久世。


「僕はね、六百年前から、記憶と能力を引き継ぐ転生を繰り返しているんだよね。そして各地の隠れ里を渡り歩く業者をしている。何でそんなことをしていたかっていうと、国の密命を受けて、各地の隠れ里の様子をチェックしていたんだよね。でも国仕えをしていたのは江戸時代までの話で、徳川幕府の倒幕と共に、国との繋がりも切れちゃった。今はもう本当にただの業者だよ。隠れ里で何をしていようが、基本は干渉しない傍観者なんだ。ただ、望まれたなら、場合によっては手を貸すし、力も知恵も貸すよ」


 静かに語る七久世の話を聞いて、修も亜希子もイーコ達も他の村人達も、ある種の超越者のような存在と感じられた。


「ついでに言うと、この件は口止めされてね。彼の言い分もわからなくもないから、黙っていたよ。でも今言った通り、もう状況が変わったし、有る程度は話してもいいかなあと思って」

(その口止めをしている何者かこそが、村を呪縛した黒幕なのかな?)


 七久世の話を聞いて、修はそう勘繰る。


「この村は、ただ先祖代々霊的国防に従事する村だからと、戦う力を得るためにと、黒之期なんて続けてきた。無那引様なんてものを崇めていた。でも……それが全て無那引様と、その復活を望む者に利用されていただけだとしたら……こんな馬鹿げた話は無い」


 鮫男がうなだれて、暗い声で言う。鮫男だけではなく、多くの村人達が同じ気持ちである。


「誤解があるね。復活のため云々は、そこのゴスロリさんの想像に過ぎませんよ。無那引様を復活させる方法はあるけど、復活させるために黒之期を行っているわけでもなければ、黒之期が無那引様を復活させる方法でもない。そもそも死者を蘇らせることはできないしね」


 七久世が苦笑交じりに言った。


「情報を小出しにして、真相を隠しているから、誤解も生じると思うな」

「まあね」


 修の皮肉を受け、七久世は苦笑したまま肩をすくめる。


「しかし無那引様がこの村を支えてきてくれたのも事実」

「真相がどうあれ、私達のやることは変わらんぞ」

「まだそんなこと言ってるの!?」


 年配の村人達が口にした台詞に、葉子が激怒した。他の改革派の面々も血相を変えている。


「真相を知っても継続しようとするのは、それが黒之期の呪縛だからですよ。無那引様は分かたれた人形という形で、今もこの地にいて、呪いをかけている。村人の心を代々蝕み、呪いの暗示によって、黒之期を続けさせているんだ」


 しかし七久世の口から続けて告げられたさらなる真実に、村人達は愕然とした。


「力がどうしても必要なら継続もありだろうけど、真相を知った今は……やめた方がいいんじゃないかなあ?」


 七久世の言葉を聞き、押し黙る村人達。黒之期の継続を望んでいた年配達でさえ、黙ってうつむいていた。


 そんな彼等の話を、こっそりと聞いていた者の存在に、誰も気付いていなかった。

 デビルは平面化して影に隠れて、会話を聞いていた。


 実に面白い真相だと思いつつ、頭の中で脚本を作る。もっと面白くしてかき混ぜる方法を考える。

 争いを起こすのは簡単だ。自分には憎悪を付与する力がある。


 そして思い出す。デビルがこの村を訪れた際、土地全体に負の念で満ちていたのを感じ取った。デビルは出来る限りそれを吸い取ることを試みたが、難しかった。負の力と念は流動しており、上手く吸収できなかったのだ。

 無那引様の黒之期の呪いとは、村の中を駆け巡っているあの大量の負の念に相違無いとデビルは見る。つまり――彼等が呪いを解こうとすれば、あの負の念の流れも止まるのではないかと考える。


***


 百合がサイコメトリーで無那引様の記憶を掘り返す。


「古すぎる記憶であるが故に、全てはわかりませんでしたわ」


 記憶の掘り起こしを試みていた百合が、小さく息を吐いて報告した。


「どれくらい……わかった?」

 千石が問う。


「無那引様の本体は外にある人形ですか」


 百合が千石の方を見て、意味深に笑う。


(すげえ……綺麗で可愛い笑顔……やべえ……鼓動がまたあれだ)


 百合の笑顔に魅入られている輝明。


(こんな俺の好みドストライクの女と巡りあえるなんて……。いや、こんなにも俺の心を揺さぶる女がこの世にいたなんて……。よーし、絶対にモノにしないとっ)


 最早輝明の頭の中は、仕事の依頼よりも別のことで占められていた。


「元は付喪神――御神体とされた御柱でしたのね。術師によって破壊されはしたものの、数百年も大量の霊魂が届まり、呪いとなって、黒之期を執り行っていたのですか。表にある無数の人形は、御柱から作りましたのね」


 千石を見続けながら百合は喋る。


「やっぱり千石さんが黒幕なのか?」


 輝明も百合と千石の様子を見て、千石に尋ねた。


「そうだ」


 千石は瞑目してあっさりと認めた。

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