第四十六章 7

「白金粘ドラゴン!」


 白金太郎の右手首から先が龍の頭へと変わる。


「炎は吐けないっ!」


 断りを入れて叫ぶと、白金太郎は睦月に向かってダッシュをかける。


 睦月が白金太郎の顔面めがけて蛭鞭を振るう。

 白金太郎は避けようともせず、高速で振るわれた蛭鞭を事も無げに、龍で噛み付いてキャッチした。


 がっちりと咥えた鞭を引っ張る白金太郎。純粋な腕力では、睦月よりも白金太郎の方に分がある。


 睦月が上体をよろめかせる。

 だがよろめきながらも、睦月は二匹の雀を体内から射出する。


 わりと近い距離から雀を放たれたにも関わらず、白金太郎は咥えた鞭を放すことなく、体を横向きに傾けて回避した。


「こなくそーっ」


 白金太郎が叫び、左手をドリル状に変形させる。


「白金粘ドリル・ロケット!」


 ドリルが射出され、睦月めがけて飛ぶ。


 睦月は鞭を手放して身をかがめてかわそうとしたが、ドリルが頭部を削り取り、そのままうつ伏せに倒れた。


 デビルは目を剥いた。まさか白金太郎が、仲間をあっさりと屠るとは思わなかった。そして大事な睦月を殺されたことに、愕然としかけた。


 だがデビルはさらに驚くことになる。頭部が三分の一ほど欠けた睦月が、平然と立ち上がり、その頭部も即座に再生したのだ。

 デビルもそこそこに再生能力を備えているが、睦月の再生能力は、デビルの比ではないように見受けられた。一瞬にして元通りだ。


 Uターンしてきた雀が後ろから一匹、上空からもう一匹、同じタイミングで白金太郎に襲いかかる。

 白金太郎がこれを回避した直後、睦月は鞭を思いっきり引いた。体勢の不安定だった瞬間に力を込められて、白金太郎の体勢がさらに大きく傾き、前のめりに倒れそうになる。


 鞭を放す白金太郎。左手のドリルが自動回収され、左手につく。


「おー、やるじゃないか、睦月。操られていても戦い方は体が覚えているみたいだなっ」


 無表情の睦月に向かって、白金太郎が嬉しそうな笑顔で声をかける。


(気に入らない……)


 そんな白金太郎を見て、デビルは激しく不快感を覚えた。

 この坊主頭の少年は、睦月と親しい間柄のようだ。そして馴れ馴れしく声をかけている。睦月が再生能力を備えているのを承知し、常人なら即死するような攻撃も仕掛けた。


 全てが気に入らなかった。これは――睦月は自分だけのものだ。そうでなくてはいけないのだ。白金太郎の存在は無いものにしないといけない。デビルはそう結論づけた。


 睦月が再び鞭を振るう。それとほぼ同時にデビルが仕掛ける。


 再び白金太郎が鞭を右手のドラゴンヘッドで噛みつきキャッチしたが、その横からデビルが接近し、白金太郎の体をすり抜けるかのように駆け抜けた。


 デビルは――仕掛けはしたが、実際には動いていない。デビルが駆け抜けた直後、白金太郎の体が縦に三枚下ろしになる幻覚催眠をかけていた――が……


「へ? 何かした?」


 攻撃の気配を感じ、訝しげにデビルを一瞥する白金太郎。脅威の無神経さと思い込みパワーの持ち主であり、何より百合の下僕を何年も務めている白金太郎は、常人よりはるかに精神力が強いが故に、無意識下であっさりとデビルの幻覚催眠攻撃を抵抗レジストしていた。


 睦月が複数の刃を袖から放つ。刃蜘蛛が速攻で組み立てられ、大きく何度も跳躍し、白金太郎に襲いかかる。

 刃蜘蛛の動きに合わせ、デビルは今度こそ自らの体で突っ込み、白金太郎に攻撃を仕掛ける。


 白金太郎が左手のドリルを激しく振り回し、刃蜘蛛を振り払い、同時にデビルの攻撃をいなさんとする。


 ドリルの直撃を受けて、ばらばらにされる刃蜘蛛。しかしその白金太郎の顔面に、刃蜘蛛の脚が二本、突き刺さった。刃蜘蛛はばらされてもなお、意思を持って動いて攻撃した。


 隙を見せた白金太郎に、デビルの手刀が一閃し、その首を切断した。


(重い……)


 デビルは白金太郎の首を切り落とした際、その肉と骨の感触を常人とは違うことを意識したが、首を胴から切断されて倒れて、血を噴き出している白金太郎を見下ろして、深くは考えずに、これで勝負がついたと見なす。


(二対一も面倒だし、このまま死んだふりをしてやりすごすことにしようそうしよう)


 首が切断された状態のまま、白金太郎は決めた。


 デビルが白金太郎に背を向けて歩き出す。睦月もその後を追う。

 睦月は知っている。白金太郎はこの程度では死なないことを。しかしそれをデビルに伝える術は無いし、デビルが勝利したと見なし戦闘を終わらせたので、それに従うだけだ。


「よし、これで百合様にさくっと報告できるっ。ふふふ、我ながら賢いぞー」


 睦月達が見えなくなったところで起き上がり、首を繋げる白金太郎。


「あれ……待てよ? こっそりと睦月の後を尾行して場所も確かめておけば、モアベターだったんじゃないのか?」


 白金太郎が腕組みして呟く。


「尾行したけど撒かれてしまったということに……いやいや、百合様に嘘をつくなんてとんでもないっ。まずは報告優先だ。うん」


 そう自分に言い聞かせると、白金太郎はバーチャフォンで百合に連絡を入れた。


***


 輝明、修、千石の三人は、年配の村人達と共に、無那引様を祭る祠へと訪れた。村人達には気付かれないように、イーコ二人も亜空間トンネルからついてきている。

 祠の周囲には人形が大量に置かれていた。筒も幾つか見受けられたが、こちらは大した数ではない。


 それよりも輝明と修は、別のことが気になった。


「すげーなこりゃ。瘴気妖気霊気邪気がミックスブレンドされて、いかにもラスボスが下にいる感がすげーよ」

「テルの日本語も悪い意味で凄いよ」


 ダークな気を放ちまくる祠を前にして、輝明と修が言う。


 村人達が祠の地下へと続く扉に手をかけた時、別の集団が現れた。若者達だ。


「お前等何しにきたんだ?」

「あんたらこそ何でここにいる?」


 やってきた改革派の若者達と睨みあう年配の村人達。


「私が無那引様の調査をしたいと申し出たのですわ。これでも一応、死霊術師ネクロマンサーのはしくれでして」


 若者達の後方から百合が進み出て、年配の村人達に訴えた。


(はうあっ!?)


 その百合を見て、輝明は固まった。

 百合に目が釘付けになり、頭がぼーっとなり、顔が熱くなり、背中がぞくぞくと震え、動悸が激しくなった。


「テル?」


 百合を見て固まっている輝明を、修が怪訝な目で見る。


 そんな輝明と修の存在に、百合も気がついた。


「これはこれは。麒麟児と名高い星炭流妖術二十六代目当主と御目にかかれるとは、光栄の至りですわ」


 胸に手をあて優雅に一礼し、微笑みかける百合を見て、輝明の心臓がさらに大きく高鳴った。


「あ……はい……は、始めまして……」

「テル……?」


 ひどく上ずった声をあげて緊張を露わにしている輝明に、修はある考えが脳裏をよぎり、微かに顔が引きつる。


「あらあら、派手な格好のわりに人見知りの激しい子なのかしら?」

「そ、そうでもないけど……」


 明らかにドギマギしている輝明に、百合がおかしそうに言う。


(こいつ……)


 修が呆れきった表情になって輝明を見る。


「ひょっとして、貴方達も祠の地下に入って、無那引様とやらを調べようとしていたのではないかしら?」

「ああ……」


 百合の問いに、輝明は少し落ち着きを取り戻して頷いた。


「提案いたしますわ。お互いに外部の者ですし、どちらも調査が必要と感じている者同士ですので、両者で同時に地下に入り、共同調査をした方が能率的ではありませんこと?」

「確かにその方が捗るけど、ママにしては平和的な案だね~」


 年配村人達に言い放つ百合と、それを横からからかう亜希子。


「私と星炭輝明の二名で入らせるのが不安でしたら、一人付き添いをつけてはいかがですか?」

「それなら私がつこう」


 千石が同行を申し出る。


「天狗のおじーちゃんだ。何か凄いっ」

 亜希子が千石を見て声をあげる。


「あとで一緒に写真撮るかね?」

「うんうん、是非~」


 冗談めかして微笑みかける千石に、亜希子も微笑み返す。


 特に反対の声もあがらなかったので、地下室への扉が開かれると、輝明、百合、千石の三名が祠の地下へと降りていった。

 輝明が先頭を歩き、術の灯りで階段を照らす。


(何だこれ……俺、どうなってんだよ……)


 先頭に立って階段を下りながら、輝明は自問する。すぐ後ろには百合が歩いている。


(後ろにいると意識するだけで、頭が熱くなるわ動悸が早くなるわ……)


 異性を好きになるのが初めてという事はない輝明だが、一目惚れは初めてである。


「うおっ」


 緊張して歩いていたら、輝明は階段を滑って転びそうになる。

 輝明の小さな体が、後ろから百合に受け止められ、転倒は免れた。


(え? 硬い……この手)


 自分の両脇を掴む百合の手を、思わず触れて確認してしまう輝明。白いレースの手袋越しに、金属質な感触を覚える。


「あらあら、失礼な子ですこと。義手が気になるなら助けない方がよかったかしら?」

「す、す、すびばせんっ。そんなことはありませんっ。つい」

「冗談でしてよ。素直な子ですわねえ」


 慌てて離れて謝罪する輝明に、百合が優雅に微笑みかける。薄暗くてもその笑顔はしっかりと輝明の目に映ったし、心に焼きついた。


(何で俺敬語使ってんだよっ。どうなってんだっ)


 やたら調子が狂っている輝明。理由はわかっている。しかしすぐには受け入れがたい。


 やがて三人は最下層に到着した。


 五角形の小さな部屋。壁も床も天井も石造りになっており、中央には祭壇のようなものがあって、その上には異形が無造作に丸まっていた。

 白くぶよぶよとした表皮を持つ、巨大な芋虫のようなそれは、しかし腕のようなものが伸びているのが確認できる。しかし腕の先は丸まっていて、手は無い。


「これが無那引様?」

「うむ」


 輝明が問うと、千石が神妙な面持ちで頷いた。

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