第四十六章 6

 改革派の若者達ばかりが集まる集会場へと連れていかれた百合達三名は、そこでこの村のことをいろいろと聞いていた。

 特に興味を抱いたのは、黒之期と黒之子についての話だった。村で起こっている騒動は、彼等がこの儀式を廃止させるために起こしたとの事である。


「また黒之期が来るなんて耐えられない。これからもずっとこの村がある限り、あんなことを続けるくらいなら、新しい魔道具なんていらないし、黒之期なんていう因習、無くしたい」


 強烈な憎悪と怒りを滾らせて言う葉子を見て、百合は怪訝に思う。確かに彼女の言い分は理解できる。しかし――この感情の強さはただ事ではない。

 そして葉子だけではないのだ。葉子の台詞に合わせて、他の面々も強い憤慨のオーラを立ち上らせている。


(それだけ怒るに値する酷い目にあった……と考えるのが自然ですかしら? いいえ……どこか不自然ですわね。まるでこの方達は、生ける怨霊のように、強い負の念に支配されていますわ)


 誰かに術でもかけられているのではないかと、百合は疑う。


(何者かがこの方達を操り、利用しているという可能性も考えられますわね。探ってみるのも一興でしょう)


 ただの研究目的でこの村を訪れたが、もしかしたら思わぬサプライズがあるかもしれないと、期待する。


「村のあちこちに置かれている筒と人形はどういう意味がありますの?」

 百合が尋ねる。


「人形はこの土地の霊的磁場を人工的に増幅させるための、魔寄せの効果を上げるためだと言われている。ずっと昔から朽ちることなくあのままらしい。確かに霊力は感じるが……」


 まず鮫男が答える。


「筒には戦士の遺灰が入っているわ。遺灰は村の風習の一つよ。戦士として村に貢献した者が死んだ者は、埋められることもなく、ああして筒に入れられて、村のあちこちに置かれる。弔いのためと同時に、村を見守ってほしいという願いらしいけど……」


 説明しつつ、最後の方の台詞に、嘲りをこめている葉子であった。


「この村のやってる事ってさ、ママが私にした事と同じじゃない」


 亜希子が百合の耳元でぽつりと呟く。黒之期と黒之子のシステムに、自分を重ねていた。


「私は純粋に楽しむことも考慮していましたのよ。それに、結局貴女はこうして解放されましたわ」

「それはそうだけど、何だかなー……」


 嫌なことを思い出してしまい、亜希子は溜息をつきながら百合に寄り添い、手を握る。

 自分を苦しめた張本人であるのに、すがって甘えているというおかしな構図。それは亜希子もわかっている。しかし百合に保護者として甘えたいのが亜希子の正直な気持ちであるし、百合も自分を拒まない。


「貴女、死霊術師ネクロマンサーなんですよね? この人にも協力してもらったらどうかな? こちらの魔道具を研究材料として貸す代わりにさ」


 若者の一人が百合に確認をして、仲間に提案する。


「デビルもあてにならなかったし、それも有りかもな」

「七久世さんを呼んだんだろ? 待ったら?」

「打つ手が多ければ多いほどいいし、協力を仰いでみたら?」


 また若者同士で意見が飛び交う。


「魔道具ももちろん興味がありますが、それ以上に無那引様とやらに興味が沸きましたわ。一度見せていただけなくて? 目覚めさせたいというのでしたら、できるかぎりのことを試してみてもよろしくてよ。不可能でも、調査だけでもする価値はありましてよ」


 百合の申し出に静まり返る改革派の若者達。


 ふと、百合は集会場の中にも人形が置かれているのを見て、人形を手に取った。

 その人形は、これまで見た人形とは大きな違いがある。


(この人形……霊魂が宿っていますわね。それも強烈な怨念を宿した怨霊が)


 術で外に出してみようかとも考えたが、思い留まった。調べるのは後にしようと。そしてこっそりと鞄の中へと人形をしのばせた。


***


 そこは努麗村と同じく、安楽市内にある隠れ里の一つであった。しかしこちらは名前すらない。

 その隠れ里は、妖怪達によって支配されていた。人間もいるが、長年奴隷状態にあった。今はもう解放されたが、奴隷だった人間達は里に留まり続け、未だに妖怪達の下で働いている。他の生き方を知らないのだからどうしょうもない。


 脚斬り童子と腕斬り童子という二種類の妖怪が住まうその村には、他の隠れ里同様に、隠れ里回り専門の業者が、年に何人も訪れる。不定期の者もいれば、定期的に来る者もいる。

 かつて人間を敵対視していた脚斬り童子と腕斬り童子達も、業者が相手だと話が別となる。彼等のおかげで外のものをいろいろと仕入れられるので、丁重にもてなされる。


「久しぶりにこの村に来たけど、随分と様子が変わったよね。何か、うん、違うよ」


 眼鏡をかけた小男――七久世笹彦ななくせささひこという名の業者が、二人の脚斬り童子を前にして、朗らかな笑顔で言った。


「やはりわかるか」

「現在、村は白狐家と朽縄一族に管理されている。村で奴隷にされていた人間達も解放された。とはいっても、この村以外知らんあいつらは、この村から出てはいかぬがな」


 脚斬り童子の梅尾と有馬が、口々に事情を説明する。


「おやまあ。ところで左京さんは?」


 七久世がこの村に訪れた際、多くの妖怪が必ず買い付けにきていたが、その常連の中には左京という、脚斬り童子のリーダーがいた。


「死んだ」

「獣之帝復活の悲願は果たせずに逝ってしまったのかな。そりゃまた無念だろうに」


 梅尾の報告を聞き、瞑目して合掌する七久世。


「いいや、一応は復活させた。しかし……もうその件は終わったよ」


 肩をすくめて言う有馬。


「さーて、そろそろ行かないと」

 七久世が地面に下ろしていた大荷物を背負う


「もっとゆっくりしていけばよいのに」

 と、有馬。


「僕もそのつもりだったんだけどね。急な呼び出しがかかってね。わりとこの近くだし、今日中に行ってみようかなって」


 眼鏡の位置を直しつつ、七久世は言った。


***


「このまま話してても埒があかねーな」


 村人達とやいのやいのと語りあっていた輝明であったが、とりとめのない議論が続いていたので、大きく息を吐いた。


「その無那引様ってのを見せてくれよ」


 輝明の要求に、村人達は一斉に顔色を変えた。反対する気配濃厚だ。


「星炭流妖術二十六代目当主の名にかけて、口外はしねーよ」


 しかし権威に弱い村人達は、その名を出されてなお拒もうとはしなかった。


「改革派が言うには、何の反応も無かったらしい」

 千石が言った。


「妖術師であるテルが見れば、また違うかもしれないぜ」

 修が口添えする。


「よろしいムードみたいだな。んじゃ、神様を祭っている祠に案内してもらおーか」

「わかりました」


 やんちゃな笑顔で偉そうに告げる輝明に、村人達がぞろぞろと先導するように移動しだした。


***


 幸運にも、白金太郎はあっさりと目当ての人物を見つけた。


「あ、いた。って、横のあいつは……?」


 廃屋を出て外を歩いていた睦月と、その横を歩く真っ黒い肌の少年に、白金太郎は額に手を当て、訝しげな面持ちになる。

 睦月の横にいるのは、まるで闇そのものが人型になったかのような、怪しさ満点の少年だった。


「オイコラー、睦月っ、勝手にどこかへ行って、何ふらふらしてるんだっ」


 白金太郎が声をかけると、睦月とデビルが振り向く。


 デビルは白金太郎が睦月と親しい仲であろうと見るや、すぐに方針を決定した。

 デビルが白金太郎を指す。睦月が虚ろな眼差しのまま進み出る。


「ふーん……つまり、そういうことか」


 いくら鈍い白金太郎でも、睦月の状態がおかしいことに気がついたし、デビルと睦月の挙動を見て、デビルに睦月が操られていることも理解できた。


 睦月が蛭鞭を体内から出す。白金太郎はそれを見て、不敵な笑みを浮かべて身構えた。


「よっしゃ。いつも俺を馬鹿にしている睦月に、お仕置きする大チャンスだなっ」


 白金太郎はほくそ笑みながら睦月と向かい合い、右手を変形しだした。

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